不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

サムライ・ノングラータ/矢作俊彦&司城志朗

 1892年、元海軍士官の鹿島丈太郎は、枢密顧問官黒田清隆ハワイ王国王女の救出を命ぜられ、怪しげな仲間と共に客船ヴェルマ・ヴァレント号に乗り込む。太平洋に渦巻く各国の思惑は、この客船にも奇禍をもたらすのであった。果たして丈太郎たちは目的を果たすことができるのだろうか?
『海から来たサムライ』の大幅改稿版である。開放的で明るい雰囲気の一方、文章表現がかなり切り詰められているのが特徴である。これは特に、史実を元にした各種「くすぐり」と登場人物の性格描写とに顕著だ。文章はさらりと流されているようで、裏にかなりの情報、または推測のよすがが含まれており、実によく計算され、かつ練られているとの印象を受ける。
 これによって綴られるのが、荒唐無稽な冒険活劇であるところが面白い。今まさにアメリカに併呑されんとするハワイ王国に、明治天皇の密命を帯びて姫君救出に向かう無頼漢の主人公――この設定だけでお腹いっぱいだが、彼の即席の部下に、白虎隊の生き残り・素人相撲取り・老い始めた忍者が含まれているのだから笑える。真面目な青年軍人と純朴な少年も丈太郎に付き従うが、この二人も正体が意想外だったりして油断できない。敵ながら騎士道精神があって丈太郎と敬意を抱き合うガンマンのハリー・モーガン、謎に包まれた《男爵》、昔の嫌な出来事のせいでアル中になったがやる時はやる船長ホーンブロアなど、主要人物が要所で印象的なエピソードを形成してくれる。この他、歴史上の人物(南方熊楠東郷平八郎など。もちろんハワイの王侯も登場するし、最初の方のアレは恐らく明治天皇)も多数登場し、人によっては物語に「彩り」以上の重きをなすなど、登場人物配置が非常にうまい。そしてアクションは実に活き活きと描き起こされ、危機が迫り様々な想いや決意が交錯する中、物語はクライマックスを迎えるのである。
 一歩間違えればただの気障、といった風情の科白も一々が決まっていて憎たらしい限りだ。上述のような切り詰めた文章によって、作者の自家撞着めいて見える要素が注意深く排除されており、この点が、カッコ良さを外さないことに繋がっていると思料される。
 プロットは特に錯綜していないが、イベントの数自体は多いので、贅言を尽くせば長さは恐らくこの倍になったはずである。にもかかわらず、この程度で収まっているのは、矢作俊彦司城志朗の高い筆力があってこそなのだ。ちょっと切り詰め過ぎの感すらあるが、明治史やハワイ史を知らなくても楽しめることは間違いない。広く薦めたい良質アクション小説である。