不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

司政官 全短編/眉村卓

司政官 全短編 (創元SF文庫)

司政官 全短編 (創元SF文庫)

 遠未来、星々に進出した人類であったが、ワープ航法の技術的限界により連邦軍による侵攻が鈍るのと時を同じくして、植民惑星での連邦軍の統治は原住異種族・植民者の反感を買い、様々な軋轢を生じ始めた。そこで連邦経営機構は新たな制度を生み出す。それが《司政官》である。彼らは官僚ロボットの大群を引き連れて、軍の代わりにその惑星の統治を担い、異種族の文明化や植民社会の発展を図るのだ。しかし時の経過と共に、この《司政官》制度も次第に変化する……。
 背景こそこのように壮大だが、各短編は「一つの惑星」で「一人の司政官」が「任期内のある数日間」に「その惑星でのトラブル」に対応する様を描くことに終始している*1。原住種族との、異種であるがゆえに困難な意思疎通。結局は《連邦》の代表でしかない司政官と、より広範な自治権を獲得したい植民者の対立。惑星入植当初からの前例に固執するロボットたち(特に最高位ロボットのSQ1シリーズ)。これらは明らかに、その時点で連邦社会全体が抱える問題の一断面として描かれているが、各事件はその惑星で起きるのみである。ここら辺がたまらなくリアルなのだ。「エキサイティングな娯楽SF」に仕立てたければ、一つの惑星で起きた問題が地球人類圏全体に波及する、というストーリー展開にすれば手っ取り早かったはずである。しかし眉村卓は、このような都合の良さを注意深く排除し、激しいドラマトゥルギーを否定した。結果、我々読者は、エリートで思慮深いが若干ナイーブな司政官たちの視点から、惑星社会という《市井》を冷静に見やり、なかなか詳述されないが連邦社会という《権力》を背にひしひしと感じ、司政官の目の前に横たわる(または立ちはだかる)《現実》にため息を付くことができる。
 本書にはそんな7編が収められている。連続して読むと、本シリーズは疑いなく中期的な歴史社会の輪郭を描こうとしていることがわかる。個別具体的な問題から壮大な「歴史」を遠望する、その楽しみ。素晴らしい。なお、各作品で提示された問題は、結局解決されないまま終わることだってある。しかしこれはこれで構わない。なぜなら、それが《現実》だからである。
 恥を忍んで告白すれば、眉村卓は本書が初体験だった。最初にこんな傑作から始められたことを感謝すると共に、実はもっと凄い作品だってあるんじゃないかと今から楽しみで仕方がない。

*1:もっとも各編は「一つの惑星」全体にかかわってはいるので、冷静に考えると、舞台は壮大である。しかし本書の「社会」全体は複数の恒星系にまたがっており、惑星などはそのごく一部という感覚が強調されている。各惑星の地球人類の居住者がそれほど多くないことも、この印象に拍車をかけている。