不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

太陽の盾/アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター

 2037年6月9日、太陽嵐が地球を襲い、地磁気が乱れて文明社会は一時大混乱に陥った。この太陽嵐の出現を正確に予想していたのは、月面にいる孤高の科学者ユージーンただ一人。そしてユージーンは、王立天文台長のシヴォーンに、更に衝撃的な事項を告げる。2042年4月、太陽史上最大規模の嵐が発生し、地球表面と人類文明の全てを薙ぎ払うというのだ。人類どころか太陽系生命のほとんど全てを絶滅させるこの災厄を防ごうと、地球人は総力を結集して《盾》を作ることにした……。
 シリーズ前作からの直接の続編だが、物語の様相は完全に変わっている。『時の眼』は既存の歴史のシミュレーションだったが、『太陽の盾』は非常にしっかりしたハードSFである。人類を超越した科学技術を持つ異星人、恒星との対峙*1軌道エレベーター、発達した人工知能、壮大なランドスケープ、そして何よりも、悲劇惨劇を遠慮なく挟みつつもなお堅持される人類と科学に対する肯定的なスタンスといった、クラークを特徴付けている要素が全て出ている。しかも全体のバランスがよく、過去の作品への度を超えたオマージュにはなっていない。さらに群像劇の中でも、主情的にならない範囲で人間ドラマがしっかり描かれているのである。正直、クラークを1冊も読んでいない人でも十分楽しめると思う。骨太の作品として強くおすすめしたい。
 ここからは邪推である。クラークが1917年生まれ、本書の発表が2004年であったことを考えると、本書のクオリティは、共著者のバクスターの奮迅の活躍によるところ大だと判断してよかろう。というわけで本書に対する賞賛の声は、まずバクスターの栄誉とみなすべきなのである――と判断するのは早計だ。クラークなかりせば、バクスターがSF作家になることもなかった*2。いやそれ以前の問題として、本書に表れている魅力的な要素の数々がSFというジャンル小説の血肉となることもなかった。本書で示され、読者に深い感銘を与えるであろう、ヴィジョンの確かさ、顔をあげて真っ直ぐ前に向かう凛々しさ。これらは確かにクラークのものなのである。たとえ本人が一文字も書いていなかったとしても、『太陽の盾』にはクラークの刻印が紛れもなく見て取れる。クラークはそれほどまでに偉大な作家だったのである。その死に謹んで哀悼の意を表したい。

*1:幼年期の終り』を忘れたとは誰にも言わせない!

*2:バクスターはクラークの大ファンである。