不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

検死審問/パーシヴァル・ワイルド

検死審問―インクエスト (創元推理文庫)

検死審問―インクエスト (創元推理文庫)

 リー・スローカム検死官の初の担当事件は、女流作家ミセス・ベネットの屋敷で起きた、出版代理人チャールトンの死亡事件だった。スローカムは検死官の権限を振るって、形式にこだわらない気ままな手順で、陪審員と共に審理を進めていく。当日は、ミセス・ベネットの七十歳の誕生日を祝って、親戚や出版業者、そしていつもミセス・ベネットの作品を貶している文芸批評家までもが屋敷を訪れていたのである。
 ユーモア小説ということだが、常に暖かな雰囲気が感じ取れるわけではない。ミセス・ベネットは、「悪は罰せられ、正義は勝つ」という信念を持っているようで、作品の内容もこれに沿ったもののようだ。しかし、彼女の作品は三十年以上売れまくっているのだが、昔も今も玄人受けはさっぱりなのである*1。彼女とその富は、物語において終始重苦しい存在感を放ち、周囲の人物にギスギスした人間関係をもたらす。これによって醸成される雰囲気は、存外に深刻なものである。主要登場人物の肉付けが、簡潔だが非常に豊かなことも、この印象に一層の拍車をかける。
 もちろん、スローカムが主導する審問手法は、《審問記録》という体裁をとる本書の構成と併せて、確かになかなか愉快なものである。陪審員とのユーモラスなやり取りも面白い。しかし、こういったユーモアばかり期待すると、肩透かしを食らうし、本書の持つ情報量のかなりの部分を見過ごすことにもなりかねない。『検死審問』には、巧緻な構成と伏線、簡潔な人間描写が詰まった、スリムだが実に堅牢なミステリ、そして小説なのである。1940年の作品だが、全く古びていないのも素晴らしい。広くおすすめしたい。実は再読向きの作品である辺り、やっぱりワイルドは只者ではないということだ。

*1:ミセス・ベネットの作品を批判する人間が、「嫌味ったらしい文学プライドお化け」とは限らないことに注意されたい。一番早い番号のページで彼女の作品に苦言を呈したのは、教養はないが人生に一家言を持つ爺さん、という一癖あるが馬鹿では決してない人物であることは、記憶されていてもいいはずだ。