不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

新世界より/貴志祐介

新世界より (上)

新世界より (上)

新世界より (下)

新世界より (下)

 1000年後の日本。子供たちは大人になるため「呪力」*1を得なければならなかった。一見のどかに見える町の学校で、子供たちは徹底的な管理を施されていたのである。そんな学校に通う早季らは、ある日、古代文明の遺産と思しき《ミノシロモドキ》(正体は恐らく図書館の端末)に遭遇し……。
 上下巻で計1000ページあるが、長さを気にせずサクサク読める。このリーダビリティの高さは特筆ものだろう。SFということで身構える人もいるかも知れないが、そこは貴志祐介のこと、説明は非常にシンプルな上にうまく、「わけがわからない」状態に陥ることは決してないと保証しよう。子供たちの成長に同期するストーリー展開も素晴らしく、「一見のどか」な小さな町での生活は懐古的な情緒を醸し出し*2、感情移入もばっちり可能である。更に劇性の面でも全く問題なく、上巻も盛り上がるし下巻の展開は実に熱い。そして次第に全貌を現す《世界の真実》も、登場人物に感情移入できていたことも手伝って、かなりの衝撃が読者を襲う。本書は要するに、誰もが楽しめる娯楽大作なのだ。
 敢えて欠点を挙げるとすれば、SFというジャンルに新生面をもたらす作品ではない、ということだろうか。作品内の道具立ては、いずれも既視感のあるものだ。しかし、それをここまでうまく料理し、かくも長いのに一切のダレを感じさせない作品に仕上げたのは素晴らしい。早くも今年度*3のベスト候補が登場した。今年は非常に幸先が良い。

*1:基本的にはサイコキネシスの一種。

*2:ちなみに本書タイトル『新世界より』は、郷にかかる《家路》に因んでいる。つまり《家路》はドヴォルザーク交響曲第9番新世界より》の第二楽章が原曲なわけだ。この選定は大方の日本人に「《家路》がかかったので下校したあの頃」を思い出させるという感傷的な効果をもたらすが、あの交響曲は全体としては非常にドラマティックな音楽である。たとえば第三楽章が『銀河鉄道の夜』のインディアン出現の場面で使用されている点を想起してほしい。この点を踏まえると、『新世界より』とは懐古的な情感だけではなく、物語の荒々しさや禍々しさをもカバーするいいタイトルだと思う。

*3:07年11月〜08年10月を指す。