不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

Boy's Surface/円城塔

Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

 どうやら数学者が初恋しているらしい「Boy's Surface」、別の法則に世界が侵略され戦争しているらしい「Goldberg Invariant」、何だかとにかく彼女を愛しているらしいし升目が色々と計算の後を感じさせる「Your Heads Only」、少女による時間SFらしい「Gernsback Intersection」の四編を収録。何が起きているかわからないという《難易度》は後ろに行くほど高まる。
 ショッキング・ピンクの装丁がなかなか鮮烈だ。内容は『Self-Reference ENGINE』同様、軽妙な諧謔と冗句、そして難解な用語と世界観が用意された短編集である。今回はテーマだけは非常にはっきりしている。一編を除けば、ズバリ「恋愛」である。初々しくも淡く青い恋の周囲に、円城塔は(例によって)我々の目からは超現実的にしか見えない科学要素を撒き散らす。全てが綿密に計算されているようでもあり、その実何も考えられていないようでもある。設定やストーリーを逐一追って、登場人物の心情を忖度することに主眼を置く読書スタイルだと、前作以上に激しく振り落とされることになるだろう。だがその時その場の表現や詭弁を(小説全体の構成とかは常時意識せずに)楽しむ、という読み方であれば至福のひと時を過ごせよう。傑作という表現は似つかわしくないかも知れない。だがここには確かに、「他人の思考回路や感受性を記す、文章という存在」と楽しく向き合うこと、即ち「読書の愉悦」がある。『Self-Reference ENGINE』が楽しめた人には、十分楽しめるだろう。