不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

NHK交響楽団第1700回定期演奏会

15時〜 NHKホール

 今月のA定期とC定期は、ウィーン・フィルコンサートマスターであるライナー・キュッヒルがゲスト・コンマスとして参加する。ということで、今日の《英雄の生涯》で英雄の妻を演ったのはキュッヒルであり、これが目玉と言えば目玉。ただし前半の尾高尚忠は、尾高忠明の実父であるので、息子が父親の作品を振るという点でこれはこれで要注意公演だったわけである。
 さてその前半、作品自体は今日初めて聴いた。オーケストレイションや楽想には、作曲者が尊敬していたというR.シュトラウスの影響が強く刻まれているものの、「交響曲」という絶対音楽において、拡大されたソナタ形式で勝負するという楽曲の内容は、オリジナリティ溢れるものだった。雄渾にして荒々しい第一楽章、神秘的な第二楽章から、第二次世界大戦の影を聴き取ることも可能というか容易な曲で、要はちょっと暗いのね。全曲が完成していたら、コンサートのメイン・ディッシュになり得ただろうと思わせます。なお尾高忠明の指揮は、楽曲全体の構成をしっかり聴かせることを第一義として、細部の表情付けはそこまで細かくやっていない印象。突飛なことも全くせず、音楽をしっかり味わうのに適した音楽作りであったと言えましょう。作曲者は指揮者が三歳の時に亡くなっているので、この曲についての親子の語らないは常識的に考えれば絶無だったはず。父から何か秘伝があったら、演奏がちょっと違ったものになったのかな、なんて埒もないことを考えたりもしました。あと、もっと尖がった芸風の指揮者でも聴いてみたいと思う。曲の顔がまるで違うものになりそうなので。
 後半の《英雄の生涯》でも、尾高忠明の芸風に変化はない。楽想が楽想なので「雄渾」という印象にはなるのだけれど、基本的には温厚篤実。特殊なことは何もないが、だからこその充実もある、という感じ。出て来るサウンドが結構重量級なので、物足りないなんてことも皆無。N響も細部のポカはありましたが、鳴りはたいへん良かったです。描写性の低い〈英雄の引退と完成〉が一番しっくり来たものの、他の場面が悪かったわけではないです。しかしこの曲で一番面白かったのは、キュッヒルのソロ。どちらかと言えば暖色系でやや鈍いサウンド作りのオーケストラから離れるや、途端にシャカシャカちゃきちゃきテンション高く弾きまくる。技術的な瑕疵は散見されましたが、この饒舌なソロは、演奏をギリッと締めていたのではないでしょうか。性格キツそうな嫁さんやのう、と思いながら聴いておりました。