不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ラットマン/道尾秀介

ラットマン

ラットマン

 エアロスミスコピーバンド《Sundowner》が結成されて14年。メンバーの一人、姫川亮には悲しい過去の記憶があった。幼い頃、父を姉を立て続けに亡くし、依頼母との仲もうまく行かなくなっていたのだ。そんな亮は、バンドのヴォーカルだった小野木ひかりと、長きにわたり恋愛関係にあった。だが最近、亮はひかりの妹・桂に惹かれ始めていたのだ……。
 本書は極めて高い完成度を誇る。恐らく意識的に硬くした文章によって、道尾秀介は「本格ミステリは人間を描くのに適している」ことを証明すべく、登場人物の人生に果敢に切り込む。語り口の、そして物語の色調は基本的に灰色であり、進行もしんねりむっつりしている。快活さは鳴りを潜め、少なくとも《事件》が起きるまで、本書は地味な印象を読者に与えることだろう。だが最後まで読むと、真相が開陳されることで、読者は登場人物のかなり深いところまで見、触れ、理解することができる。これが、本格ミステリの仕掛けを通して実現されているのが素晴らしい。道尾秀介の目的は果たされているのだ。ほろ苦い後味もいい感じである。
 ただ、本書のテーマが明らかに《救済》である点からすると、このラストは少々安易と感じられる。個人のパーソナリティにかかわる根深い問題が、(完全に解消されるわけではないが)これほど都合よく救済されると、「根深い問題」そのものが遡及して矮小化されないだろうか。この点だけは残念であったが、恐らく大半の読者にとってはどうでもいいところではあるだろう。『ラットマン』がいい本格ミステリであることは、いささかも揺るがないのである。