不壊の槍は折られましたが、何か?

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暗殺教程/都筑道夫

暗殺教程 (光文社文庫)

暗殺教程 (光文社文庫)

 国際警察秘密ラインチューリップのトップ・エージェントであるJ3こと吹雪俊介は、チューリップを狩り出そうとする謀略反乱結社タイガーに向かって、敢然と戦いを挑むのであった。カジノ、スキー場、香港、マカオなど様々な舞台で様々な危機を迎えた彼を最後に待ち受けるのは一体何か――?
 一昔前の「カッコよさ」に溢れた小説である。主人公の吹雪俊介はサングラスをかけ、気障な台詞を吐き散らし、会う女が悉く股を開く。チューリップの設定も無茶ならタイガーの設定や計画も無茶苦茶で、荒唐無稽の極致を行く。そこまでしてタイガーがチューリップを狩り出す意図が俺には理解できない。チューリップが凄い組織である旨を具体的に示した作品が前に書かれていたり、あるいは最低限作中にエピソードを用意しておけばここら辺もまだ納得できた思うが、それすら全くない。本書はノンシリーズなのである。
 しかも登場人物は誰も彼も、何がどうなろうとへこたれず、ピンチになっても余裕綽々、いよいよ負けたとなれば爽やかに負けを認めるばかりで、煩悶・苦悩とは全く無縁である。ストーリー展開も場当たり的というか、骨太のプロットいったものは皆無で、ただただ眼前にアクションが繰り出される。情緒の綾、錯綜の妙すら一切振り捨てて「ゆでたまご先生に宛てた、ボクの考えた超人」よろしく「都筑の考えたカッコよさ」に全てを傾ける一途さは評価されても良いが、残念ながら私には全く合わなかった。正直嫌いである。絶賛する人はするだろう、とは思う。バカスパイ小説であることには間違いないし。
 なお巻末に付された、作者自身による三一書房版後書き(1968年に書かれている模様)に、非常に興味深い箇所があった。

 それ*1に刺激されて登場した作家たちのなかで、ジョン・ル・カレがまっさきにいきづまったのは、アンブラーの手法で現代の現代の情報活動をとらえようとした文学青年的甘さに、原因があったようだ。

 六十年代、ル・カレは最高傑作群《スマイリー三部作》など、彼を代表作と目されるような作品をまだほとんど発表していない。せいぜい『寒い国から帰ってきたスパイ』程度か。ゆえにこの段階でル・カレの作家人生を俯瞰しての結論が出せるものではない。これは、正否はおくとしても、極めて中途半端な途中報告でしかないことを読者は肝に銘ずべきである。
 まあその「仕方ない誤謬」はともかく、都筑がル・カレを「文学青年的」に「甘い」と指弾している点に注目したい。ル・カレは七十年代以降顕著に円熟味を増したのだが、六十年代でも真摯にして晦渋な視点からスパイを描き続けたのは間違いない。これを「甘さ」で片付けてしまえるのは非常に凄いことだと思うし、都筑の嗜好を解く一つのヒントになり得るかも知れない。

*1:イアン・フレミングの登場のこと。