不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

エンパイア・スター/サミュエル・R・ディレイニー

 八本脚の悪魔猫シュウと一緒に、少年コメット・ジョーは生まれ育ったタウ・ケチ星系を去ることにした。異星人が結晶化した《宝石》を偶然拾い、彼に《エンパイア・スター》に伝言を運べと指示されたからである。だが彼は無知なるシンプレックスであり、《エンパイア・スター》到着までに次第に知識を貯え、コンプレックスからマルチプレックスへと成長を遂げていく……。
 わずか160ページに圧縮された紙数の中で、波乱万丈の冒険&成長小説が綴られる。無知で無垢な少年を主人公に据え、シンプレックスからマルチプレックスに至る《視点の次元上昇》を通して、まるで愚者が愚者であるがゆえに様々な事柄を「悟る」ように吸収する過程を、実に印象的に描出している。《エンパイア・スター》に至るまでにジョーを助けてくれる脇役たちの存在感も目覚しく、最後で明かされる意外(?)な真相の効果を高めている。なおこの真相は、本書が最初から緻密に計算された作品であったことを示しており、ディレイニーが華麗な文章表現のみに頼った作家ではないことを証しているといえよう。
 短いのも嬉しい。要を得た描写とテンポの良いストーリー展開ゆえ、多くの読者は心地よく読み進めることができるはずだ。完成度の点では『バベル-17』に比肩するディレイニー作品であり、広くおすすめしたい逸品と言える。