不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

わが一高時代の犯罪/高木彬光

 光文社文庫版で読んだ。神津恭介が一高の学生時代に起きた事件「わが一高時代の犯罪」「輓歌」を併録している。
 表題作の方は、学内を不審な人物が跳梁する傍ら、肝試し中の一人の学生が駒場の時計台から忽然と姿を消す物語。「輓歌」は、ある資産家の屋敷で、書生が殺されてしまう事件(そして神津恭介の恋!)を扱う。
 いずれも、学生時代を後日回想するという構造を持っている。トリック等の仕掛けはいずれも他愛ない*1ものだが、全編に漂う、甘く切なくそして苦い味わいが本当に素晴らしく、過ぎない感傷性もいとをかし。太平洋戦争開戦前夜の世相において青春する*2ということがどういうことであったかを、実に印象的に描き起こす一冊であり、神津恭介や松下研三、その他学生たち、同年代の女性たちの姿は、涙なしには読めないものがある。
 なお、この作品は、反戦・嫌戦に左足*3を置きつつも、思想的には一応の中立を保つ。高木彬光は『連合艦隊ついに勝つ』といった架空戦記ものも書いた人でもある。この作家は、戦前日本の全てを感情的・問答無用に否定する馬鹿ではない。自分の職業を占いで決めるような電波であるだけである。安心してお読みください。

*1:不出来というわけではない。

*2:恋愛に限らず、あの頃の良くも悪くも《青い》言動と生活態様全般を指す。

*3:心臓があるのは身体の左側である。聖帝様を除くが。