不壊の槍は折られましたが、何か?

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キューバ・コネクション/アルナルド・コレア

キューバ・コネクション (文春文庫)

キューバ・コネクション (文春文庫)

 キューバ情報部員であるカルロスは腕利きであったが、妻に自殺され、3人の我が子(22歳と20歳の息子、17歳の娘)には冷たい視線を投げかけられる。そして子らは粗末な筏で、亡命のためアメリカへ漕ぎ出してしまう。悪天候の中、子供たちの命を救うべく、カルロスはヨットを盗み、海を目指すのだった。一方、CIAのキューバ担当責任者キングは、キューバ情報部上級将校が亡命するらしいとの情報を察知する。
 キューバの、財政難等によりリストラされかけている工作員の活躍を、子供たちのアメリカ亡命に関連付けて多面的に描いた作品。基本的には渋いエスピオナージであり、父子・上司部下・友人・男女の人間ドラマが味わい深く描出されてゆく。安直な盛り上がりは皆無だが、どのような局面においてもヒューマニズムを忘れない。ただし結構シビアな側面も見せるため、正確を期せば「甘さはないが温かさはある」ということになるだろう。
 なお、主人公を遺恨から付け狙うCIA幹部キングが、副主人公として扱われていることにも注目したい。ル・カレの傑作《スマイリー三部作》において、主人公の宿敵は物語の背面に隠れており、実際の登場はほんの一瞬であった。本作は違う。主人公とその敵の《個人事情》が明確に対比されており、これはこれで味わい深い。
 なおコレアはカストロも誉めたキューバの作家だが、小説の中でキューバに肩入れしている様子は特に見られず、政治的には非常にニュートラルな立場を保っている。これは嬉しい驚きであった。冷戦が終結した国際情勢の中で、どのようなエスピオナージがあり得るかという点につき、極めて誠実な回答を提示した作品といえるだろう。渋いが、広く薦めたい逸品である。