不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

模倣犯/宮部みゆき

模倣犯1 (新潮文庫)

模倣犯1 (新潮文庫)

模倣犯2 (新潮文庫)

模倣犯2 (新潮文庫)

模倣犯3 (新潮文庫)

模倣犯3 (新潮文庫)

模倣犯(四) (新潮文庫)

模倣犯(四) (新潮文庫)

模倣犯(五) (新潮文庫)

模倣犯(五) (新潮文庫)

 公園のゴミ箱から発見された女性の右腕、それが史上かつてない劇場型犯罪の開幕を告げた……。
 平易な筆致とキャラクター設定、そして抜群のリーダビリティによって、極めて理不尽な連続殺人事件の顛末を描き抜く。感情移入できる人物がことごとく酷い目に遭うため、「私が気に入ったキャラが徹底的に不幸になる小説なんて駄作だ!」と言い始める人には向かないが、それ以外の大多数の読み手には、重いテーマを等身大の視線で扱った作品として深い余韻を残してくれるだろう。大部極まりないこの作品には無駄も多いが、それを一気呵成に読ませてしかも(通常の意味では)全くダレない。作者の力量にはまったく脱帽である。
 ただし、テーマ面からアプローチすると、本作には多少の問題が見て取れる。「殺人事件の被害者の遺族が事件を十全に消化することなど決してない」というテーマを追求する場合、《ピース》というラスボス的な悪を設定してしまうのは甘過ぎる。なぜなら読者が《ピース》を(通常の殺人事件における犯人のレベルを遥かに超えた)諸悪の根源と責めることができ、ゆえにテーマの普遍性が揺らぐからである。懲らしめられるべき悪がまだ懲らしめられていない状況は、読者がテーマと四つに組み合うにおいて、なんというか《余裕》を作ってしまうのだ。さらに、かほど等身大の筆致を前面に押し出すのであれば、本作で最もクローズアップされるべきだったのは、《ピース》および栗橋の被害者たちではなく、より卑近な殺人事件の生き残りたる真人と、その加害者の娘あけみの関係性であったはずだ。本書のテーマは、劇場型犯罪のようなド派手な事件ではなく、より地味な事件においてこそ映えたに違いない。
 しかし上記は何ら欠点ではない。いや、《欠けた点》ではあるかも知れないがこれをもって作品を批判する理由にはならない。『模倣犯』は結局のところ十分に面白いエンターテインメントだった。それ以外を望む気は、少なくとも私にはない。なお、私のこの立場は、真犯人《ピース》に結構近い愉快犯的なスタンスである。この点で私は『模倣犯』から何も学んでいないようで申し訳ないが、娯楽小説とは最初からそういうものであるはずだ。読者諒せよ。