不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

クリスマス黙示録/多島斗志之

クリスマス黙示録 (新潮文庫)

クリスマス黙示録 (新潮文庫)

 《パール・ハーバー》が全米で想起される12月。ワシントンD.C.で、日本から遊びに来ていた女子大生カオリ・オザキが、14歳の少年を轢き殺してしまう。少年の母親はボルティモア市警の警察官、ヴァルダ・ザヴィエツキーだったが、カオリが微罪で済んだことに納得がいかず、カオリ殺害を予告して姿を消した。実際に彼女が殺されるようなことがあれば国際問題に発展すると考えたFBIは、29歳の、FBI捜査官としては珍しく日系人であるタミ・スギムラに、カオリの護衛を命じる……。
 今はもうバブルが過ぎ去って久しいし、9.11後、米国最大の東アジア懸案事項が中国である等、諸々の条件が『クリスマス黙示録』が発表された89年とは違ったものになってしまった。しかし当時においては、アメリカ一般の日本に対するイメージはこんな感じだったのではないか……ということを、非常に端的・端正に作品に練り込んでいる。特に感心するのは、《人種差別に反対する》といった妙に社会派ばったテーマ、あるいは《鬼畜米英、日本万歳》的なイデオロギーには決して近寄らないことだ。アメリカに流れていた《日本はちょっとなあ……》的な空気の纏い方が絶妙。「同時代に書かれた作品なんだから、これ位できて当たり前」と言う人もいるかも知れない。しかし私は、《感じ取ったことを作品に反映させるのは、非常に難しいことだ》と主張したい。ましてや、作者の筆は沈着なのである。何この《後年、落ち着いてから振り返って書きました》的な佇まい。
 そして、以上の下地を作ったうえで、非常に平明な筆致で、淡々かつ着々とサスペンスを盛り上げてゆく。躍動感が強くない反面、作りは非常に丁寧だ。意外性も一応用意されているし、相変わらず非常に独特な作風である。タミの造形もなかなか良い。ファンは必読と思われる。