不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ロスト・チャイルド/桂美人

ロスト・チャイルド

ロスト・チャイルド

 法医学の助教授・じんヒカルらは、監察医務院で武装した外国人グループの襲撃に遭う。襲撃犯は、解剖室に運ばれていた死体の解剖をヒカルに要求、しかも彼らはヒカルのことを知っていた。彼らの目的は? そしてヒカルとの関係は? 襲撃犯はやがて監察医務院から脱出するが、事件はまだ始まったばかりだった……! 第27回横溝正史ミステリ大賞受賞作。
 あまりにも酷い小説で驚愕した。全登場人物が美男美女かつ有能。主人公のヒカルは、両親が事故死し兄は奇病に倒れた悲劇的な過去を持つ。しかも彼女自身、兄と同じ奇病が潜伏しているらしいのだ。美女&天才&トラウマ&宿痾持ちというヒロインの造形は、正直あまりにも安易であり、胸やけがする。小説の背景も、ヒトゲノムがうんたらかんたら遺伝病がうんたらかんたらのありがちな設定に依存しており、おまけにダメダメな感じでSF要素も紛れ込む。何だその特殊能力は。そして驚くなかれ、国際的犯罪シンジケートやFBIまで巻き込む壮大な犯罪劇なのに、事件の主要な関係者が全員主人公の血縁・姻戚で占められてしまうのだ! 終盤、ヒカルに個人的な愛憎をぶちまけ、それが動機だったとする首謀者のあまりの情けなさに、私は目眩を禁じ得なかった。
 スピード感がある(と、選考委員だった綾辻行人北村薫桐野夏生が主張する)筆致も、上記の安易な設定をなぞっているだけだ。もちろん、設定そのものが安易であっても小説は素晴らしいものになり得る。しかしそれには、より具体的かつ丹念にキャラやプロット、テーマを掘り込むことが必要となるはずだ。しかし桂美人は、そんなことはしない。「こうすることで(=こうするだけで)物語はカッコ良くなる」と信じ込んでいるネタを、一人ルンルンしながら物語に詰め込むだけである。人はそれを称して中二病という。私はこの痛々しい小説を一切評価しない。
 なお、誉めるにせよ貶すにせよ、この作品をマンガ的と称するのは、マンガに対してあまりにも失礼だろう。桐野夏生および坂東眞砂子に対し、はっきりと苦言を呈しておきたい。