不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

僕は、殺す/ジョルジョ・ファレッティ

僕は、殺す 上 (文春文庫)

僕は、殺す 上 (文春文庫)

僕は、殺す 下 (文春文庫)

僕は、殺す 下 (文春文庫)

 治安の良さを誇る小国モナコ公国で、引退をほぼ決意していたF1レーサーと、その恋人が惨殺される。その前に、犯人はラジオの深夜番組に電話出演して「僕は、殺す」などと犯行を予告していたのだった。そして同じラジオ番組に、またもや犯人からの電話が……。残虐な連続殺人事件に翻弄されるモナコ公国。捜査を担当するニコラ・ユロ警視正は、国家上層部からの圧力を受けて困窮し、友人で妻を亡くしたショックを癒すためモナコに滞在していたFBI特別捜査官フランク・オットーブレに助力を求めるのだった。
 主人公のフランクが登場するまで数十ページかかるが、それまでも物語はズンズン進行する。それも多視点で。というわけで、最初のうちは物語がどこに向かっているのか(=どういう話なのか)判然とせず、主人公が誰かもよくわからないはずだ。しかし、100ページを過ぎた辺りからは物語の様子もすっきりし、とても読みやすい良質の娯楽小説であることが判明する。ここを越えれば後は一気だ。
 終始過不足なく面白いのが特徴で、深遠なもの・高尚なものなどないが、するする読めてなかなか楽しい。若干類型的とはいえ、盛り上げも十分におこなわれる。作者はイタリア人だが、英米系ともフランス系とも違う雰囲気が流れるのも特徴。さすがにイタロ・カルヴィーノは全く異なるが、ジャンリーコ・カロフィーリオと通ずるところはある。ファレッティの方が遥かに平易で親しみが持てるけれども。
 というわけで、観光立国でタックス・ヘイヴンであるモナコを舞台に、警察小説や刑事小説、サイコ・サスペンスに恋愛劇、さらにはスパイ小説といった要素を手際よく盛り込み、若干類型的だが必要十分に魅力的な登場人物をこれまたうまく活用する、良質の娯楽小説となっている。本国イタリアでは300万部売れているらしいが、この良い意味でのわかりやすさ、そして十分な面白さを鑑みればそれも当然と思われる。「万人向け」と言うとマニアは眉をひそめがちだが、実は凄いことであるのは言うまでもない。
 というわけで、ミリオン・セラー系のミステリが好きな人には、大いにおすすめしたい作品である。私個人も、『僕は、殺す』を高く評価したい。この装丁はないと思うが……。