不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

3001年終局への旅/アーサー・C・クラーク

2001年宇宙の旅』でディスカヴァリー号から弾き出された乗組員のフランク・プールは、1000年後、仮死状態で宇宙空間を漂っているところを発見され、幸運にも万全の状態で蘇生される。1000年間に世界は大きく変わっていたが、彼は楽しみながらそれに順応していく。やがてプールは、自分が仮死状態になったそもそもの原因とも言うべきエウロパに行きたいと思うようになり……。
 長い時間を経て宇宙から帰還した者が、社会の変化に目を瞠る……同様の設定では、スタニスワフ・レム『星からの帰還』という名編があった。しかし、地球文明との途絶がたかだか127年だった『星からの帰還』の主人公ブレッグに比べ、本書のプールは実に1000年もギャップがある。しかしプールも、それを巡る3001年の人々も、実に楽天的であり、意識差は最小限にとどめられ、プールは主に科学技術に驚くが、3001年の社会で疎外感に苛まれることは遂にない。これは、未来社会の驚異的科学水準とそれが生み出す絶景を描きたいのか(クラーク)、その先の人間意識のありようを描きたいのか(レム)の差であり、小説の優劣、ましてや作家の優劣の問題ではない。素直に言って情報量はレムの圧勝と言わざるを得ないが、未来社会のイメージ喚起力はクラークの圧勝である。どちらを取るかはお好み次第、個人的好みは断然レムだが、もちろんクラークも崇敬に値する。ただし、この2巨人の性質の差は極めて興味深い。
 一方、本書ではモノリスの神秘性がかなり剥ぎ取られている。『2061年』とは打って変わって、モノリスは終盤で大々的に物語の前面に出て来て、物語を締めるのだが、やることが陳腐化した気配が濃厚である。この物体には最後まで神秘性を保って欲しかったが、クラークもサーガに結論を付けたかったのだろう。また、従来は魔法と見分けが付かなかったものが、ボーマンやHALの助けを借りつつも、辛うじて科学技術だと認識できるようになっているわけで、人類文明が進化したとも言える。その方向性は一概に否定できまい。というわけで、『3001年終局への旅』は、モノリスを巡る壮大なシリーズにきっちりと幕を下ろす作品と評価し得る。読んで損はない。