双生児/クリストファー・プリースト
- 作者: クリストファープリースト,Christopher Priest,古沢嘉通
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2007/04
- メディア: 単行本
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1ページ目から「米中戦争」という耳慣れない言葉があるなど、どうやら歴史改変小説らしいことが推測できるのだが、何がどう改変されているのか、なかなか見えてこない。これは、この小説が個人の回顧録という形態をとるためだ。我々が実際に回顧的な文章を綴る場合を想定すればわかりやすいだろうが、回顧録において、自分が生きた歴史的・社会的な物事を言及する必要は必ずしもない。回顧録とは原則として個人的なものなのであり、為政者クラスの人物が出版を前提に書く場合を除けば、世界情勢や歴史について系統立てて記述することなどほとんどあり得ないだろう。『双生児』の大半は登場人物の手記によって占められるが、上記のように、これらは無論、歴史について一々解説したりしない。我々にとって「改変された歴史」というのは、作品世界内においては解説不要の、所与の大前提である。登場人物であるところの手記の記述者は、当たり前だが読者を作品世界外には想定していない。我々だって、2001年以降の自分の生活を書いた手記を他人に見せる前提で書いたとしても、後世異星人によって読まれることを想定して、テロ前とテロ後の世界情勢はどうこうと系統立てて解説したりしないはずだ。それと同様である。そして、だからこそよりリアルにソウヤー兄弟が立ち上がりもするのだ。というわけで、歴史改変部分について、我々読者は、常識としてそこここに配置された断片的な情報から、作品世界内における歴史を読み取っていくことになる。それは深い森に分け入ること、あるいは霧の中から何かが次第に姿を現してくることにも似て、実にスリリングな体験となる。
さて、手記の筆が志向するのは、歴史・時代に関するものでないことは上の段落で示した。では手記の筆は何を目指しているのか? 答えは簡単である。ソウヤー兄弟の生き様。まさにこれに尽きる。1936年、そして1941年における双生児を描く筆致の流麗なこと! この鮮やかさ! 筆舌に尽くしがたいとは、まさにこのことである。実際の作者プリーストが、その美質を遺憾なく発揮した最高の一例として後世まで語り継がれることだろう。
以上だけでも十分以上に神作品だが、まだオマケがあるのだ。読者が物語をしっかり読み取れば、プリーストがこの物語で何を仕掛けているかもハッキリわかるのである。なお、読解に失敗しても、大森望がそこら辺をばっちり解説してくれる*1ので、安心して広くおすすめしたい。
というか本当に傑作。断言しよう。これは来てます。11月以降に読んだ新刊小説の暫定1位としたい。
*1:解説には、むろんネタバレ警告が付いている。未読者は解説全文を読んだりしないように。