不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

この世の彼方の海/マイクル・ムアコック

 『この世の彼方の海』の概要。ピカレイドの総督にメルニボネの間諜ではないかと疑われたエルリックは、海岸線にまで追い詰められる。しかしエルリックはそこでたまたま見掛けた船に助けてもらい、時さえも越えているかもしれない不思議な戦いの旅に出るのだった。読者はこの旅に単純に付き合うことしかできない(登場人物の内面は恐らくあえてだろうが、あまり描かれない)が、実に楽しい。大昔に出奔したはずのメルニボネ貴族が印象的である。
 「〈夢見る都市〉」は、メルニボネの首都イムルイルをエルリックが攻め落とす物語。悲劇的だがその悲劇的情景がやけに類型的で、これは残念というより不思議。エルリック個人にとってはクライマックス/カタストロフであろう事項を敢えて(言ってしまえば)素っ気なく扱うことで、物語の(これまた言ってしまえば)《低俗化》を避けたのだろうか。竜がやっと出て来ました。火ではなく毒液を吹くのがいいですね。
 「神々の笑うとき」は、全てが記された書を求める話。「歌う城砦」は、ある辺境に異次元から変な城が進出してくる。この世界がどういったものかがわかる作品だが、流麗な筆致によって、決して説明的な無味乾燥に陥らず、心地よく、また楽しい感興を味わうことができる。
 上記いずれも、エルリック自身の物語と言うにも、一つの世界を綴る物語と言うにも帯に短し襷に長し、しかしそれは決して中途半端ではない、という小説(というかシリーズ全体がこうなのか)。相変わらず魔法関係の描写が素晴らしく、立ち現れてくる多元宇宙観が良い感じだ。エルリックをはじめとする登場人物の個性豊かな気性も魅力。《何かが残る》話では今のところないが、じゅうぶん楽しみました。二月に一冊のペースで付き合うのも悪くないと思います。