不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

殺人者の顔/ヘニング・マンケル

殺人者の顔 (創元推理文庫)

殺人者の顔 (創元推理文庫)

 1990年1月8日、スウェーデンの田舎で老人が自宅で惨殺され、彼の老妻は虫の息で発見される。ならず者の移民たちの犯罪かと息巻く、右巻きの人々。そう、福祉国家として名高いはずの北欧社会は、この頃かなりの軋みを立て、外国人排斥運動が高まりを見せていたのだ。広まる余波はスウェーデン社会に暗い影を落とす。妻にも娘にも見捨てられた冴えない太った中年警部クルト・ヴァランダーは、この事件を解決し、秩序を回復することができるのか?
 粛然と進行する、素晴らしい警察小説である。高齢化社会(老人問題)、移民増加と社会不安の増大など、北欧社会の問題点が浮き彫りにされる中、クルト・ヴァランダー自身の寂しい生活と渦巻く想念が描かれてゆく。事件もなかなかに劇的であり、物語にカオスを持ち込もうとすれば簡単にできるはずだが、作者ははしゃぐことなく、常に冷静に筆を振るう。全ての登場人物が綺麗に立ち上がってくる様も素晴らしければ、全体の構成も実にしっかりしており、読みやすさと読み応えを両立させている。まさに最高の手堅さであり、私は絶賛を惜しまない。次も読もうと思います。