團十郎切腹事件/戸板康二
- 作者: 戸板康二
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2007/02/28
- メディア: 文庫
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作者は、硬質な文章で非常に飄々と話を進める。これは特徴であると同時に、乗れない人にとっては色々と厳しいことになるはずだ。
また舞台設定も21世紀の大衆向けでは、必ずしもない。舞台となるのは、今どきの芸能界ではなく、歌舞伎に代表される、襲名制度があるような古典演劇の世界である。しかし演劇の世界を活き活きと描き出そうとする趣は極端に薄く、そこをあっさり飛び越えて舞台人を一人の人間として再構築し、人間一般の宿業を描こうとする。しかし古典演劇の世界に全く馴染みのない人間にとって、再構築も何もその前提を知らないのだから、イメージがなかなか難しい。ミステリ的な趣向をこれ見よがしに強調することも全く見られず、現代において《親切な小説》ではないことは確かだ。
だが、そこを乗り越えれば*1、なかなか堅牢な本格短編の数々が、読者を楽しませてくれよう。ネタも文章もよく磨かれ、滋味溢れる作品群。事件や犯人の虚しさは直接的に言及されることが少なく、あくまで余情に委ねられているのも素晴らしい。また興味深いことに、作を重ねるごとに、作者の筆から硬さが徐々に取れていて、作品全体の見通しも良くなって来ている。じっくり味わいながらゆっくり読むべき短編集と言えるだろう。
……ただ、個人的本音を言えば、ミステリしている作品より、「ほくろの男」「文士劇と蝿の話」といった普通小説の方が好きだなあ。
*1:なお、古典演劇の門外漢を拒否するような作品ではないので、それなりの気合を入れさえすれば乗り越えるのは容易である。