ハルさん/藤野恵美
- 作者: 藤野恵美
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2007/02/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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このハルさんが優柔不断極まりなく、(親以前の)人としての頼りなさは圧倒的である。さらに、彼の思考回路や感受性には経年による変化が見て取れない。娘が結婚することから考えると、明示されないものの、この主人公は最終的には50歳近辺に達しているはずであり、それでこのフレッシュなまでのナヨナヨっぷりは正直もう勘弁して欲しい。しかも、主人公の脳内の亡妻が探偵役を務めてしまう! 困った事態が生じると、主人公は脳内で嫁と会話を始める。さらに、脳内の嫁は、主人公を慰め、やんわりと諭しつつも基本的には主人公の人格を肯定する。つまりハルさんは自己肯定を繰り返し、読者はそれをハルさん視点で見せ付けられるのだ。たまったものではない。
とはいえ、以上は全て《読者の感じ方》の問題である。従って、作家・作品の問題ではないとの見方も成り立つだろう。事実、愛妻に死なれて右往左往しながらも、それでも父が真心尽くして娘を育て、また娘もよくこれに応え健やかに育ってゆく様は、温かくも微笑ましい。
……しかし。ならば何故、各事件を《我が子に関する事件》で一貫させないのか? テーマから考えれば、各事件には《我が子》という極めて重く固い縛りを入れる必要がある。事実、最初の数編はその縛りが入っており、ミステリと《我が子》が不可分であった。ところが、徐々に娘はミステリ的な中心テーマからずれてゆく。というか無関係となってしまう。従って、一冊の連作短編集*1としては、全体の構成が乱れている。これを無理矢理弁護すれば、「ミステリと娘の関係性を薄めることで、彼女の成長と自立を暗示する」ということになろう。しかし私は、《我が子》に深く関係するようなネタを、単に作者が思い付けなくなっただけではないかと疑う。
*1:各編を示す目次はなく、外形的には長編に見える。