不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

334/トマス・M・ディッシュ

 舞台となるのは、人口が増えて色々と大変なことになっている2020年代。ニューヨークの貧しい巨大アパートメント《334》に住むハンソン家を中心として、人々の抑圧された生活を描く連作短編集。
 娯楽小説っぽいイベントはついぞ起きず、登場人物の内面を燻り出して、閉塞感の強い世界の空気を読者に伝える。構成が非常に凝っているし(特に表題作!)、登場人物も交錯し倒すため、読みにくい。おまけに表現も難解・晦渋だ。筆致は常に重苦しく、登場人物も明確な像を結ばない。作品の全ての記述が曖昧な部分をどこかに残しており裏読みがたくさんできそうだ。さらには誰も彼もが弛緩または堕落しきっており、世界は倦怠感(または嫌悪感)に支配されている。多視点による、登場人物の意識の齟齬も悪意たっぷり。
 これらの味わいは確かに格別である。しかし、体調不良時に軽い気持ちで読み始めたこともあって、消化不良に陥ったことを告白しておかねばなるまい。本来であれば、文章や構成の末節までもしゃぶり尽くし、かつその一々に読者として解釈をほどこすといった能動的な読解が必要だろう。体調や精神状態を整えて、捲土重来を期したい。