不壊の槍は折られましたが、何か?

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白き狼の息子/マイクル・ムアコック

白き狼の息子―永遠の戦士エルリック〈7〉 (ハヤカワ文庫SF)

白き狼の息子―永遠の戦士エルリック〈7〉 (ハヤカワ文庫SF)

 新エルリック・サーガの棹尾を飾る本作の主人公は、何と12歳の少女ウーナッハである。物語は基本的に彼女の一人称によって綴られる。しかも主要な舞台は、《ルーンの杖秘録》に出て来たグランブレタン帝国である。そればかりか、登場人物一覧表には、ホークムーンをはじめ、《ルーンの杖秘録》のレギュラー陣が揃い踏み。『白き狼の息子』は、他のシリーズと直接リンクしているのである。
 ……というわけで、トンデモ本なのかと思われても全く不思議ではない。事実、そのように危惧し、読むのを躊躇している方も多く見かける。しかし、何もかも面白おかしくネタ消費するのがあまりよろしくないのと同様、ネタ消費する読者が現に付いている作品や、付きそうな作品を即座に駄作と判断するのも全く感心しない。ネタ消費が軽薄であることは事実である。しかし、ネタ消費が軽薄な所以は、そんな読み方では作品をより深く理解することはできない(はず)、という一点にのみある。つまり真面目な読解の放棄こそが問題なのであり、であれば、ネタ消費が可能である作品を(それだけをもって)駄作と切り捨てるのは、ネタ消費しかしない読者と同様、極めて浅薄であるといえよう。ネタ消費するか否かは、ほとんどの場合、作品・作家の問題ではなく、読者個々人の問題であるからだ。ましてや読みもしないで決め付けるのはいかがなものか。
 というわけで『白き狼の息子』だが、主人公は割とお転婆である。彼女が視点人物なのだから、雰囲気もエルリック・サーガにしては明るくなっている。ゆえに違和感を覚える向きもあるだろう。しかし、彼女が物語に新鮮な息吹を与えていることを見逃すべきではなく、また彼女の視点を通してもなお、永遠の戦士たちが悲劇と宿命に彩られて読者の前に顕現する。そして、《ルーンの杖秘録》ではほとんど書き割りに近い描写しかなされなかったグランブレタン帝国を、今回はより自由に、より闊達に、もっと多面的に描いているのも評価できる。ムアコックは、《平行宇宙》の概念を駆使して、様々な事柄にリンクを張る。だがこれは、自作で全てを語り尽くしたいという表現意欲の表われであり、貶されるような筋のものでもなかろう。第一、我々読者の解釈やランダムネスな宇宙に委ねられた事項もまた多いのだ。
 そもそも何度も言うようだが、旧サーガの頃に比べてムアコックの筆は一段と華と冴えを見せており、ただそれだけでも十分に素晴らしい。私は『夢盗人の娘』『スクレイリングの樹』『白き狼の息子』から成る新エルリック・サーガを極めて高く評価する。そう、この三作は傑作である。あるいは、旧サーガに思い入れを抱く人には新サーガは受け容れがたいものに映るかも知れない。だが私に言わせれば、旧サーガは、旧来の筋骨隆々の英雄像の裏返しをやっただけに過ぎない。もちろんそれは、倦怠感や無常感を漂わせる素晴らしい情感に彩られてのものであったが、登場人物のより深き描出という点では、新サーガとの差は明らかだ。人物描写や世界観が希薄化せず、濃密になる一方のムアコックという作家を、私は素直にリスペクトするものである。