不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

クラリネット症候群/乾くるみ

クラリネット症候群 (徳間文庫)

クラリネット症候群 (徳間文庫)

 高校生の翔太は、憧れのエリ先輩の前で、不良の手によって養父が大切にしていたクラリネットを壊される。そのショックで、翔太の耳は「ドレミファソラシ」が聞こえなくなってしまった。そんな中、養父が何らかの事件に巻き込まれて姿を消してしまい、後には意味不明の文章が残される。これは暗号なのか……?
 特定の音が聞こえないことによる可笑しさが横溢する作品である。登場人物の科白はほぼ確実に歯抜け・虫食いであり、読者は会話されたであろう本当の文章を類推しながら読み進めることになる。とはいえ地の文は普通だし、会話内容そのものも非常に真っ当なものが多く、この類推にさして労力は必要ない。実験小説とまでは行かず、作品の遊びとして言語遊戯を一種を扱う作者の手並みは、実は相当なものである。もっとも、音が抜けてしまったことにより生じた誤解の余地をうまく利用したり、暗号ミステリ的な側面ともうまく調和させるなど、本格ミステリ・ファンへの「わかりやすい目配せ」にも事欠かない。
 では「わかりにくい目配せ」の有無だが、たとえば、伏線が結構張られているし、入り組んだ事件構図も綺麗に浮き上がってくるなど、高校生の青春模様をちょっときついけど基本はユーモア・タッチで描いた小説と見せかけて、痒いところまで手が届くようにうまく考えられている。邪悪さこそカップリングの『マリオネット症候群』に譲るが、『クラリネット症候群』も押さえるべきは押さえた小説と言えるだろう。