不壊の槍は折られましたが、何か?

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ウロボロスの純正音律/竹本健治

ウロボロスの純正音律

ウロボロスの純正音律

 南雲堂の社長・南雲一範から漫画《入神》の執筆依頼を受けた竹本健治は、南雲の祖父が建てたという《玲瓏館》の一室を仕事場として《千人針アシスタント》プロジェクトを開始する。由緒オーラバリバリの玲瓏館、怪しげな使用人たち、そして大挙して訪れる出版業界関係者たち。そんな中、惨劇は幕を開ける……!
 『ウロボロス偽書』では3本、『ウロボロスの基礎論』では2本、違った話が交錯して絡み合っていたが、『ウロボロスの純正音律』は1本のみ、よってメタ要素は微弱である。ただし『黒死館殺人事件』へのオマージュとして、ペダントリーをかなり取り入れており、読み応えは十分だ。部分的には、音楽や囲碁の世界にどっぷりと浸かることができる。
 しかし本作最大の特徴は、シリーズ最大の特徴でもある、実名小説ということだろう。今回も豪華メンバーが出演し、様々な騒動を巻き起こす。あまり良い読み方ではないが、自分の好きな(あるいは嫌いな)作家・漫画家・評論家・編集者その他業界人がどのように扱われているか確認するだけでも楽しめよう。特筆すべきは京極夏彦で、八面六臂の大活躍を見せる。『邪魅の雫』の刊行とほぼ同時期に、『ウロボロスの純正音律』が単行本化されたことは、故意にせよ偶然にせよ、なかなか興味深い。他のメンバーに関しても虚々実々*1で、とても面白く読んだ。ただし、作品の舞台が1997年〜2000年であるため、様々な実在のエピソードが若干時代を感じさせることも指摘しておきたい。もちろん作品の瑕ではまったくないが。
 純粋にミステリとして見た場合は、間違いなくバカミスである。純真な本格マニアが読んだら怒り出すのではないか。しかし《ウロボロス》シリーズどころか作家・竹本健治に、真っ当な本格ミステリなぞ誰も望んでいないし、望むべきですらないので、何の問題もない。そもそも竹本健治も自覚して書いているはずだ。
 というわけで、竹本ファン、ウロボロス・ファン*2、実名小説好きには、楽しく読める一冊である。
入神

入神

*1:なおこれに関し、世の中には、自分が小説上で戯画化された場合、作家に文句を言わず読者に文句を言う人がいることを知り、たいへん勉強になった。

*2:ただし、メタ要素は上記のとおり弱いので、そちらをメインと考えていた読者にとっては微妙かもしれない。