不壊の槍は折られましたが、何か?

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狐火の家/貴志祐介

狐火の家

狐火の家

 弁護士・青砥純子と防犯探偵・榎本径が活躍する、『硝子のハンマー』に続く密室シリーズ第2弾である。とはいえ、今回は長編ではなく短編集で、雑誌掲載の短編3本と書き下ろしの更に短い短編が1本収録された。節々にこの二人のユーモラスなやり取りが挟まれるのが特徴である。
 最初の「狐火の家」は、田舎のリンゴ園近くにあった家で、一家の長女が殺害されるというもの。密室を構成するのはその家屋そのものである。密室ものとしてはすっきりしたトリック、それと裏腹のやや煩雑な推理作法はいかにも本格推理小説のそれっぽい。収録作品中では、恐らく最もかっちりした本格推理と言えるだろう。なお話の雰囲気も本編が一番深刻である。
 続く「黒い牙」は、ある動物をペットとして飼っている男が、飼育のために借りていたアパートの一室で死亡していた事件を解く。《潜むモノ》への恐怖感をうまく醸し出す場面があり、これはホラー界でも覇を唱えたこの作家の面目躍如たるところであろう。でもこれは素晴らしいバカミスバカミス」とだけ言い捨てると、そら来たアホの思考停止だと非難されるが、ミステリである以上言えないことだってあらあね。いやまあ前例があると言えばあるんですが……しかしこれは……。
「盤端の迷宮」は、棋士が密室状態のホテルの一室で殺されたというもの。部屋の机には、将棋のマグネット盤があった。一種のダイイング・メッセージものだが、このテーマに付き纏う《暗合》を、事件のトリックとの関係の有無はさておき、結構多用していて、読んでいて飽きない。棋界と物語の絡め方も堂に入ったものだ。『相乗殺人事件』や竹本健治《ゲーム三部作》などの例を挙げるまでもなく、将棋やチェスといったゲームは、ミステリと古来より相性の良さを発揮してきたが、貴志祐介もまたこれをうまく活用している。
 最後の「犬のみぞ知る Dog knows」は、登場人物全員が非常にかるーいノリで「よく吠える犬を飼っていた家で、家人が殺される」という、よくあるパターンの事件の謎を解く。アイデアも非常に軽いもので、これを本格ミステリの傑作だなどと言うつもりはないが、これも妙なトリックではある。リアリズムの手法では、これはちょっと軽過ぎて使えなかっただろうから、このノリは正解だろう。
 以上4編、実に手際よく《本格ミステリ》している作品が並んでいる。貴志祐介は今回も、その実力を実作をもって証明したと言えよう。