不壊の槍は折られましたが、何か?

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遺す言葉、その他の短篇/アイリーン・ガン

遺す言葉、その他の短篇 (海外SFノヴェルズ)

遺す言葉、その他の短篇 (海外SFノヴェルズ)

 好みど真ん中で俺撃沈。そんな感じの傑作短編集であった。ハードSFではなく、幻想小説寄りの作品が大半を占める。しかし、筆致はとても丁寧で、極めて読みやすいが、手塩をかけて練り、磨き上げたと思しい完成度の高さを誇る。情景の一々(何でもないシーンすら!)も実に印象的。さすがに超寡作家だけのことはあると思わされた。
 企業小説版『変身』であるところの「中間管理職への出世戦略」、現代史への皮肉である「アメリカ国民のみなさん」、サイバーパンク風子供小説「コンピューター・フレンドリー」、奇妙な味のショートショート「ソックス物語」、意思(遺志?)としての言葉の不可思議さをホラー風味に表現した「遺す言葉」、少女とクジラの何とも言えない奇妙な短篇「ライカンと岩」、異星知性との情緒的な(しかし相互不理解の断絶は厳然として存在する)コンタクトを描く「コンタクト」、若者たちが異星人に妙なことを吹き込む「スロポ日和」、凄いレシピ「イデオロギー的に中立公正なフルーツ・クリスプ」、幻想ホラー「春の悪夢」は、練達の名手による傑作短編群といえるだろう。
 一方、レズリー・ホワットとの合作である「ニルヴァーナ・ハイ」(超能力者である学生たちが色々やる話。全編に漂う独特の熱気が印象に残る)、アンディ・ダンカン、パット・マーカー、マイクル・スワンウィックとの合作である「緑の炎」(アシモフハインラインが大冒険する!)辺りは、純度が下がり、その代わり割とハチャメチャの騒ぎが楽しめる。特に後者はバカSFと言っても良かろう。
 というわけで、素晴らしい傑作短編集である。
 とはいえ、ネット上での評判が現時点で微妙なことは認めざるを得ない。帯や前振りでの名立たるSF作家による絶賛がマイナスに作用したものと思われる。確かに、これ位誉められたら、イーガンやチャンのような作家を連想してしまうのは人情だ。しかし、落ち着いて面子や言い回しを眺めれば、イーガンやチャンとは作風が全く違うらしいとは見当が付くはず。賞賛文を何も考えず鵜呑みにする恐ろしさが、ここに出ていると思う。アイリーン・ガンには、いかなる意味でもハードSFを期待してはならない。SFは理系だけの物ではない! 我ら文系の物でもあるのだ! というわけで、むしろ、コアなSFファン以外にお薦めした方が良いのかも知れない。