不壊の槍は折られましたが、何か?

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怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線/小酒井不木

 生理学・血清学を専攻した人らしく、そっち系の要素を盛り込んだ作品が多い。しかしそれは、科学的根拠に基づいて《あり得る》事件を構築するためにではなく、むしろ、幻想的・神秘的な作風を補強するために《格調》を与える目的でのみ駆使される。衒学でもって読者を幻惑させる、とでも言おうか。
 論より証拠、代表作たる「恋愛曲線」や「人工心臓」は、ネタだけ取り出せばバカバカしい。しかし、熱の篭もった文章と、非常に怪しげだし駄法螺に決まっているのだが、出鱈目とまでは言えない科学的記述が、濃厚な味付けを作品に施している。ここで注意すべきは、彼の作品の原動力は、あくまで勢いある密度の高い文章にある点だ。何らかの情熱に突き動かされているような筆は、強い求心力を持っているが、この上で彼は医学的知識等により、実に巧妙な肉付けをおこなうのである。
 もちろん全て傑作であるとは言わないし、事実思わない。《特等尋問法》とやらを決め球に使う警部が探偵役を務める作品は、ネタ自体は考えられているものの、本来端正にまとめるべきところ、節々に情念系の色合いが強く出てしまい、具合が良くない。作風と設定が終始噛み合わぬまま終わってしまう、と言えば良いだろうか。また、「好色破邪顕正」はヒロインがあまりにもナヨナヨし過ぎていて、いくら何でも流石にどうかと思われた。
 しかし収録作の大半が、読みどころ満点の完成度が高い読み物となっている。そもそも、例示した失敗作も、見るべきところがないわけではないのである。彼が大正末から昭和最初期を代表する大家であったことは、火を見るよりも明らかなのだ。小酒井不木、決して《古い》の一言で切り捨てることができる作家ではない。強くお薦め。