不壊の槍は折られましたが、何か?

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怪奇探偵小説名作選6 小栗虫太郎集 完全犯罪/小栗虫太郎

 圧倒的なまでのハイテンションで独り善がりの作劇を撒き散らし、基本的に何がどうなっているのかわかりにくく、場合によっては明らかにまるでわからなかったりするのだが、作者の鼻息があまりにも凄まじいので、読者は「俺はひょっとして物凄い大傑作を眼前に展開されているのではないか」錯覚してしまう。小栗虫太郎は、そんな、ある意味最強の探偵小説作家なのである*1
 所収は10編。デビュー作である「完全犯罪」が一番読みやすく、情景もイメージしやすい。「源内焼六術和尚」は正直言って、何が起きているのかサッパリわからない。これを両端として、上記のような物語が次から次へと繰り出される。登場人物の心理推移の説得力とか、タイトルと内容の関連性とか、合理的な展開とかは、あまり気にしないほうが良い。作者は各編において、例外も間断もなく狂熱しており、それに呑み込まれるような読み方が良かろうと思う。
 個人的には、「白蟻」が一番お気に入り。お歯黒が意味不明に強調される中、ある宗教の教主の一族を描く。着想、構成、人物、文章、とにかく全てが狂気に駆られているとしか思えない。しかし、普通の人間にも読解できるギリギリのラインで踏み止まっている一編でもある。多くの人に果敢にトライしてもらい、小栗虫太郎の世界を共有できる人間を一人でも増やしたい。そんな悪戯心を刺激される作品である。
 なお、戦前の探偵小説好きは必読。

*1:誉めています。