不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

奇術師の密室/リチャード・マシスン

奇術師の密室 (扶桑社ミステリー)

奇術師の密室 (扶桑社ミステリー)

 偉大な奇術師だった先代のデラコート(本編の語り手)も、脱出マジックに失敗して身動きもできず、脳はちゃんと働いているし視力も確かなのに、植物人間と思われ*1、奇術道具満載の部屋の車椅子に座っているだけの日々を送っていた。しかし彼の自慢の息子マキシミリアンは、2代目デラコートとして活躍中、美しい嫁カサンドラカサンドラの弟ブライアンと一緒に、先代デラコートと同じ屋敷で暮らしている。
 さてある日、マキシミリアンのマネージャー、ハリーがずかずかと奇術道具満載の部屋にやって来て、語り手の前で、カサンドラと痴態を演じ始めた。そして、それからめくるめくドラマが、この何もできない哀れな老人の前で、始まるのだった……。
 マジシャンの屋敷の限られた部屋を舞台において、意識はあるし目も見えるが自分では動けない老人という限定された視点から、わずか数名というこれまた限られた登場人物によって織り成される、ドンデンドンデン目が回る物語を皮肉かつ軽快に描く快作。極めて人工的なドラマといえるが、非常に動的なストーリー展開は何物にも替えがたい。登場人物が全員闊達で、老デラコートの地の文が決して重くならないのも素晴らしい効果を挙げている。映画《探偵スルース》辺りが好きな人は必読。読みやすいし文庫でもあるので、広くお薦めもしたい傑作である。
 いやあしかしリチャード・マシスン、作風幅広いな……。

*1:地の文での自称は、時々自虐気味にしてミスター・ブロッコリーとかミスター・キャベツとか言い出す。