不壊の槍は折られましたが、何か?

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脳髄工場/小林泰三

脳髄工場 (角川ホラー文庫)

脳髄工場 (角川ホラー文庫)

 基盤の作りは非常に端正であるにもかかわらず、グロを強調せずにはおかない作風を概ね展開する作品集。この作家は、一番盛り上がった箇所で血みどろグチャグチャ系の情景をここぞとばかり強調することが多い。また、グロがなくても、キモヲタ系の気色悪い《善意》や《愛情》を前面に押し出す。このためややもすれば、彼はB級作家と認識されがちだ。しかしこれは表層的な見方だ。やろうと思えばこの人は、物語を極めて美しく洗練させることだってできるし、ガチガチのハードSF一本、それも極上の品質で攻めることもできる*1。そして実は、グロ系・キモ系の物語も、ネタ仕込み自体は極めて端正なことがほとんどだ。根本は叙情系ハードSF(または端正なホラー)、でもグロやキモも大好き。それが小林泰三という作家なのである。実力はA級だと思いますよ。
 本作『脳髄工場』も、非常に小林泰三らしく仕上がっている。さすがにショートショート系は、主にアイデアの切れで勝負しているが、他はいずれも、どこか歪な情感を強調してやまない。表題作など、イーガンの「しあわせの理由」のようにまとめておけば良いものを、床屋で脳味噌に器具突っ込んで血飛沫飛ばしており、実に素晴らしい。クトゥルーを扱った「C市」も、SFとの合わせ技でお腹いっぱい。「友達」も、この後味は小林泰三にしか出せないのではあるまいか。
 他の所収作品も、良いのが揃っています。割と久々の新刊であったように思うが、やはり好きですねこの作家は。奇妙な持ち味、是非一度は試していただきたいと思うのであった。

*1:実例は短編集『海を見る人』。私の目は節穴なので、初めて読んだときは同一人物かと驚愕した。