不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

影の兄弟/マイケル・バー=ゾウハー

影の兄弟〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)影の兄弟〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)
 スターリンに両親が粛清された結果、アメリカとソ連に生き別れた兄弟。そこからソ連崩壊前夜に至るまで、彼らの半生を描く雄編。バー=ゾウハーの場合、これまでソ連内部を描くことは私の知る限りあまりなかったわけで、その意味では、米ソ双方に視点を据えた本作は珍しい部類に入る。作者も力を入れて書いたと思しく、本作では謀略のみならず、兄弟の人生そのものをテーマとし、幼年期からの成長・成熟、そして再会と対立・憎悪・暗闘をじっくり描く。ゆえに筆致には重みがあり、何だか骨太で好ましい歯応えさえ出ているのだ。お気付きだろうが、作中の時間経過は冷戦をほぼカバーしており、それに翻弄される兄弟の姿は、ある意味冷戦の象徴であるかのように映る。二人を米ソそれぞれの情報機関の偉いさんにしてしまったり、二重スパイが華麗に出現したりと、作者一流のケレンも健在であり、エンタメ路線も忘れ去られたわけではなく、読み応えがあると同時にとても読みやすい。
 本書は作家バー=ゾウハーの総決算であることはもちろん、ひょっとすると、亡国ソ連に対する、スパイ小説の真心込めた弔辞なのかもしれない。冷戦にもとづくスパイ小説が何であったかを、最大公約数的に、しかし魅力的に示した作品として、高く評価したい。