不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

過去からの狙撃者/マイケル・バー=ゾウハー

Wanderer2005-11-02

 再読のはずだが、内容を忘れ去っていた。
 訪米中、お忍びで車を運転していたソ連外相が、NY近郊で狙撃され死んでしまう。彼の死は、アメリカによって謀殺されたのではとのソ連タカ派の疑いを招いた。時の米国大統領は、近日開催予定の米ソ軍縮会議を政権の基本構想に組み込んでいたが、このままでは、軍縮どころか、キューバ危機の再来ということにもなりかねない。えらいこっちゃえらいこっちゃ。そこで担ぎ出されたのが、今でこそ閑職に追いやられているが、少なくともかつては凄腕工作員だったソーンダーズであった。
 手が込んだ陰謀、唐突なロマンス、絡むホロコーストという感じで、雑多な要素がコンパクトな枚数にひしめき合っている。にも拘わらず形式・内容両面でギュッと凝縮されており、散漫・雑駁・希薄な印象は皆無。贅肉だと感じられる部分が少ないのは、冷静に検証すると実際はなくてもいい事項が多いだけに、結構凄いことだと思う。反面、つるつる読め過ぎるのか、印象には残りにくい。「よくできた小説を読んだ。良かった良かった。ところでどんな話だったっけ?」という感じ。言い訳すると、だから私も内容を忘却していたのではないか。読めども読めども思い出さなかったしなあ。
 個人的には、狙撃犯の動機が月並みだったのは残念。やはりミステリ読みとしてすれているのか、この手のネタは、物語の中だとそんなに酷いこととは思えない。もちろん現実には、絶対居合わせたくないけど。
 色々微妙な発言はしたが、基本的には、読みやすくまとまった佳作だと思う。ミステリ的な仕掛けもそれなりに良質だし、スパイ小説への入門には好適かと。