不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

四十七人目の男/スティーヴン・ハンター

四十七人目の男〈上〉 (扶桑社ミステリー ハ 19-14)

四十七人目の男〈上〉 (扶桑社ミステリー ハ 19-14)

四十七人目の男〈下〉 (扶桑社ミステリー ハ 19-15)

四十七人目の男〈下〉 (扶桑社ミステリー ハ 19-15)

 60の声を間もなく聞くボブ・リー・スワガーは、ある元自衛隊員・矢野の訪問を受ける。矢野の父親は硫黄島で戦死したが、その戦闘時に名刀をボブの父アールに遺した可能性があるという。その刀をどうか返してくれないか――その頼みをボブは快諾し、それらしき日本刀を発見した。そして返還のため向かった日本で、ボブは日本のアダルト・ビデオ業界の大陰謀に巻き込まれることになる。
 本書は既に各所で散々話題になっているが、本編を読むまでもなく、献辞の時点で既におかしい。日本映画の監督や俳優たちに感謝が捧げられているのだ。黒澤明とか三船敏郎京マチ子辺りはまだわかる。しかし上戸彩って何? 作者は《あずみ》まで見たんですねそうなんですね? 登場人物にも、近藤勇(偽名)という名前があり、どう考えても異色作なのは決定的である。
 とはいえ、内容の方は《国辱ミステリー》というわけではない。アダルト業界の帝王が名刀を欲する理由や、東京国立博物館勤めの学者が戦いに赴くボブに得物として妖刀村正を差し出すとか、自衛隊員がボブに「日本人なら誰でも数秒で帯剣できる」と力強く断言するとか、強行突入部隊も迎え撃つ側もなぜか全員刀で戦うとか、明らかにおかしい部分は多々存在する。しかしトレヴェニアン『シブミ』程度には《実在しない日本ではあるが、それでもなお一応日本と言えないこともない》雰囲気は出ているし、東京の地理関係はかなり正確に描かれている。何より、武士道精神に溢れた登場人物たちが非常にカッコいい。彼らとボブの交流、或いは硫黄島におけるアールと日本将校の戦いに全く心動かされない読者は少ないはずである。通読すると『四十七人目の男』は揺るぎない信念を描いた小説であったことがはっきりする。日本人読者は、本書における日本と現実の差異に時々爆笑しながらも、物語に引き込まれていくことだろう。ミステリ的な仕掛けもわずかながらあって、迫力満点の剣戟シーンと併せ、娯楽小説としてもサービスがいい。
 というわけで、アメリカ随一の狙撃主であったボブ・リー・スワガーが、山手線に乗って、隣に座った三十代のサラリーマンが読んでいる幼女陵辱エロ漫画をチラ見する小説であることも頭に入れて、十全に楽しんで欲しい。