不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

殺人展示室/P.D.ジェイムズ

殺人展示室 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

殺人展示室 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 いつも通り、お腹一杯の読書体験。物語としては非常に堅牢であり、年齢を考えると驚異的だ。強い自我を持つ人物が視点となり、自らと周囲の人物・事柄を白々と冷静に見つつも、客観的な言動はそれほどでもない(ダルグリッシュ以外)という、いつものジェイムズの作法は、書かれている内容が示唆に富んでいることもあり、読み応え抜群。初めて登場した人物の外見を事細かに書き出してからでないと、会話も物語りも進まない、そんな古風な小説が、どうしてこうも充実した感触を与えるのだろうか? いや、古風だからこそか? いずれにしても本当に素晴らしいです。これだからファンはやめられない。しかし一方、ミステリとしては単純であり、この程度のネタで大長編書くなやと文句を言う人も少なからずいるだろう。物語上も、殺人事件そのものではなく、登場人物が事件に何を感じたかに焦点がある。トリックも犯人もネタも、どうでもいいと言えばどうでもいいのだ。私自身、一年経ったら確実に犯人忘れていると思う。
 なお今回は、ダルグリッシュの恋も見ることができる。もちろんそれは若年者の、情熱に突き動かされるような恋ではない。だが筆さばきは素晴らしく、年配者の落ち着いた風情は漂わせつつも、心の浮き立ちや沈み込みをしっかり感じ取ることができる。ラストは『学寮祭の夜』と並ぶと思われます。