不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ケンブリッジ大学の殺人/グリン・ダニエル

ケンブリッジ大学の殺人 (扶桑社ミステリー タ 9-1)

ケンブリッジ大学の殺人 (扶桑社ミステリー タ 9-1)

 明日から長期休暇という夜、フィッシャー・カレッジ内で門衛サム・ゴストリンが射殺された。彼の娘が寮生の一人ジョン・パロットと交際しており、サムはジョン・パロットを目の敵にしていたようだ。では犯人はこのジョン・パロットに違いない――警察がこのように簡単に見る事件であったが、副学寮長のサー・リチャードはフィッシャー・カレッジの複雑な人間関係に着目し、調査の真似事を始める。そんな折、帰省した学生の一人のトランクから、第二の死体が発見され、捜査は一気に振り出しに戻るのだった。
 ケンブリッジ大学の教授が1945年に発表した、ガチガチの本格ミステリである。警察官数名とサー・リチャードが仮説を立てては崩しを繰り返す。これらの推理の説得力が強く、精度もなかなかのものだ。この高いレベルを維持したまま推理合戦がずっと続くのだから、本格ファンにはたまらないだろう。最後が若干脱力ものだが、これは本格ミステリに対する「皮肉」として好意的に解釈すべきだろう。プロパーではないイギリス人作家らしいラストだと思う。
 小説としての読み応えもかなりのもので、まず、深刻な場面とユーモラスな場面の配分がうまい。作品内の時代は1939年の初秋である。まさに第二次世界大戦勃発直前というわけだ。一方、本書の執筆は大戦真っ只中になされた。その影は、登場人物の世情に対する不安感という形で作中随所に顔を出す。学問に従事する人間をも戦争は容赦なく巻き込んでいく。そのことを本書は強く予感させる。一方ユーモラスな部分は、登場人物の確かな描き分けと活き活きした描写に裏打ちされ、ニヤニヤさせられる。
 陽性一辺倒でもなく、陰性一辺倒でもない。推理面も充実しており、まさにクラシック・ミステリの風格を備えた逸品である。国書・論創・長崎含めても、クラシック・ミステリの世界では今期最大の成果だと思われる。本格ファンは必読。