不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ウォッチメイカー/ジェフリー・ディーヴァー

ウォッチメイカー

ウォッチメイカー

《ウォッチメイカー》と名乗る殺人者が現われる。現場にアンティーク時計を置いていくのが彼または彼女の特徴であったが、リンカーン・ライムたちの捜査の結果、犯人と思しき人物がこういった時計を10個入手していることが判明する。まさか10回も殺人を繰り返すつもりなのか……?! 尋問の天才キャサリン・ダンスを新たに迎え、ライムたちは殺人を阻もうと懸命の捜査を開始する。ただし、チームの一員アメリア・サックスは、もう一つ担当する事件を抱えていた。会計士が自殺を装って殺されたらしいのだが、こちらの事件の背後には、ニューヨーク市警の腐敗警官の影がちらつく……。
 これまでの《リンカーン・ライム》シリーズは、基本的に犯人が遥か先を行き、これをライムのチームが四苦八苦しながら追うという構造を有していた。従って、後からライムたちが色々証拠・情報を収集するとはいえ、犯人は一応殺人という目的を(連続殺人全体にかかわる構想面ではともかく、少なくとも最初の数件の各殺人では)果たせていた。これが読者をハラハラさせていたのである。
 一方、本書『ウォッチメイカー』では、初期段階からライム・チームが犯行をかなりの程度キャッチアップしているように思われ、その点で緊迫感にやや欠ける。次作以降にも顔を出しそうなキャラ、キャサリン・ダンスによる鮮やかな尋問は面白いし、ストーリー展開も急なので、一応楽しくは読めはする。しかし旧作と比べると吸引力が弱いと判断する読者もいるだろう。しかし短兵急に結論に飛び付いてはいけない。本書はその代わり、極めて緻密な犯罪計画の顕現を目の当たりにすることができるのだ。特にそのホワイダニット面は圧巻と言う他なく、シリーズで最も精緻な「真相」が炸裂する。保証しよう。これは凄い。
 というわけで、終盤、本書は全てのミステリ・ファンに読んでほしい傑作となりおおせる。本格無理解者系の本格好きには受けが良いのではないか。広くおすすめしたい。