不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

監獄島/加賀美雅之

監獄島 上

監獄島 上

監獄島下 (カッパノベルス)

監獄島下 (カッパノベルス)

 先日、どこで見たかは忘れたのだが、「最近大著が多いのは、パソコンが普及したからではないか」との文に接し、膝を打った。確かに原稿用紙に向かってペンを走らせるスタイルでは、文章は手短にまとめられがちだ。

 で、ダラダラ長いだけの作家が増える一方、短ければ削られる文意まで緻密に書き込む作家も出るわけで、功罪相半ば、要するにチャラである。長いものが読めない人には厳しい世の中になったやも知れぬが、「長い」だけで読めないというのは、基本的にはダメ読者であり、理念から言えば無視すべき存在だ。ただし、買ってくれないのだから、経済的には問題である。ここら辺の折り合いをどう付けるかは、各創作者の判断に任せたい。

 で、『監獄島』だ。上下巻共に500ページ越えと非常に分厚い。
 この分厚さは、以下の二つの要因による。
 まず、出来事が実に盛りだくさんであることだ。犠牲者は結構出るわ、ほとんど全部不可能犯罪だわ、国際的犯罪者は出るわ、主人公は恋愛するわ、孤島になるわ、探偵は撃たれるわ、挙句に冒険活劇と化すわ、しかも推理は綿密だわ……。カー様式の本格ガジェットでお腹いっぱい。
 第二に、煽り気味の文章である。《もしこの時〜だったなら》とか《世にも凄惨な惨劇》とか《神のごときベルトラン》とか、大袈裟な表現で文章が膨らんでいる。もちろんこれによって独特の情感が出ているし、個人的にも嫌いじゃない。ただ、気になる人は気になるだろう。文章自体は決してうまくないからなあ。また、その文章が雰囲気以外には何も表現できていないのも厳しいところだ。

 いずれにせよ、削ろうと思えば相当削れると思う。ただしこの無駄の多さが雰囲気を盛り上げているのも事実である。何より本格ミステリに対する強烈な思い入れが充満しており、相殺に成功していると判断したい。ミステリとしてのネタも、色々考えられており楽しめた。若干不手際もあるが、致命的ではなく、個人的には許容したい。なお、探偵役のベルトランは、明らかにアンリ・バンコランの模倣である。ちょっと芸が無さ過ぎとさえ思われる。続編で彼ならではの一面をもっと出して欲しいものだ。

 というわけで、不可能犯罪ものが大好きな人にはお薦め。その他の読者には正直微妙。