密室と奇蹟/J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー
以下、内容。
芦辺拓「ジョン・ディクスン・カー氏、ギデオン・フェル博士に出会う」は、本アンソロジー中、最高のネタ濃度を誇る。取材、仕込み、描出、いずれも凄まじいものがある。いかにパラノ・タイプの作家である芦辺拓とはいえ、ここまでコテコテのものを連発することはできないはず。まさに、素晴らしいとしか言いようのない一編だ。
桜庭一樹「少年バンコラン! 夜歩く犬」もこれまた素晴らしい。1900年パリの夜の情感が濃厚に立ち上り、そこで作者お得意の少女小説が展開される。少年を描こうという試みも明確に打ち出されており、なかなか興味深い。なお本作は、バナナを出さないで「妖魔の森の家」へのオマージュを僭称した『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の讀罪でもある。あの数行には爆笑してしまった。
田中啓文「忠臣蔵の密室」は、浪士が討ち入ってみると吉良上野介は既に刺殺されていた、というミステリ。密室ものとしては恐らく本アンソロジー中、もっともすっきりとまとまっているのだが、はてさてカーとの関係やいかにと思っていると……。まあこれは苦笑して流すしかないです。好きだけど。
加賀美雅之「鉄路に消えた断頭吏」もなかなか頑張っている作品。フェル博士が登場し、客車での首なし死体の謎を解く。普通に面白い。……しかしあなた、このラストは、やっちゃいかんのでは……。
小林泰三「ロイス殺し」は、小林節が炸裂する、ホラーとミステリが融合した一編。雪に閉ざされた世界と、そこでの冷え冷えとした恋情、そして狂気。この手の気持ち悪さ(今回はグロではない)を書かせたら天下一品である。ただし、ゆえにアンソロジーの中では若干浮いている印象も受ける。もちろん、こういった作品がカーに捧げられるのも一興ではあるのだが。おこなわれるのは密室殺人だしね。
鳥飼否宇「幽霊トンネルの怪」は、トンネルで不思議なベンツに追いかけられる事件を扱う。トンネルを密室に見立ててはいるものの、事実上はより広い意味での不可能犯罪ものといえるだろう。これまた普通に面白く、時折顔を出すユーモアもおいしくいただける。カーとの関連性は微妙というか、まさか「マーチ大佐」と「カー・ミステリ」だけですか?
柄刀一「ジョン・D・カーの最終定理」は、カーが実際に名探偵だったのだと設定し、彼の所有していた犯罪実録集に残した走り書きから、過去の未解決事件の糸口を探ろうとする物語。愛が篭っているからそれほど不快ではないが、凄い電波ですね。迸る思い入れを、創作としてしっかり落とし込めていない印象を受けてしまった。カーにこんな定理風の文章書く才能あったのか、疑念を抱きながら読まざるを得ないのも据わりが悪い。しかし、事件の内容やカーの実作との関連性、そしてラストはいいですね。総じて言えば、柄刀にしか書き得ないカーへのオマージュであり、面白くは読めました。
二階堂黎人「亡霊館の殺人」は、骨子そのものはなかなか面白い本格ミステリ。ネタの完成度もやはり高い。ただしもっと刈り込めたはずで、無駄な部分の多い文章はちょっとどうかと思う。犯人が正体を現してからの悪鬼ぶりも、浅薄というか、犯人の属する性の人間は作者に反感を抱くだろうなあ。二階堂らしくはあるけど。