不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

鬼の言葉/江戸川乱歩

江戸川乱歩全集 第25巻 鬼の言葉 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第25巻 鬼の言葉 (光文社文庫)

 乱歩の探偵小説論集。個人的に乱歩の探偵小説論には付き合いきれない。当時の社会状況等で仕方なかったのだろうが、色々断言するには乱歩の得ている情報量が少な過ぎる。英米はこうだから、日本はこうあるべき、と言うのはいいが、乱歩は当時の英米ミステリの状況を十全に把握していたのだろうか? 見識自体にも、今の目からすれば訝しい所が多々ある。ライスにハメットやチャンドラーと同じレッテル貼ろうとしている段は、本当にどうしようかと思いましたよ。また、巷間よく言われるように、『赤毛のレドメイン家』は疑いなく過大評価であるし(何せベスト1ですよベスト1。名作として挙げてないからとセイヤーズには噛み付くし)、トリックを偏重し過ぎるのも問題である。このせいで、たとえば天城一ルサンチマン(=『天城一の密室犯罪学教程』)ごときを失当と言い切るのに躊躇する、そんな隙或いは綻びを自身に与えている。

 とはいえ、江戸川乱歩という一人の探偵小説好きの、強い思い入れは痛いほど感じられる文章が揃っている。「一人の芭蕉の問題」は何度読んでも胸が熱くなってしまう。そもそも、自分でも内心それほど信じていなくても、情報量の少ない御世に探偵小説ファンを増やさんと、確信犯的に煽り口調の文章を書いた面だってあるだろう。加えて、これほどまとまった量の《論》を書けば、いつかボロが出るのは不可避である。私自身はもちろん、多くのサイト持ち・日記持ち・blog持ちが、時に「ん?」ということを書くのも、そのせいなのである。さらには、全集を読む楽しさには、作者の眼高手低ぶりを生温かく見守ることも含まれる。だからこれはこれでいいと思う。
 乱歩の主張を真に受けるのはどうかと思いますがね。