不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

恐怖王/江戸川乱歩

江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪 (光文社文庫)

 《帝都を震撼させる怪人(非二十面相)もの》。乱歩ワールドではそういうジャンルが確かに成立している。通俗ものとよく称されるそれらは、ミステリとしては突っ込みどころ満載(というか突っ込みどころしかない)、登場人物も、探偵や犯人を含めて、あり得ないほど頭が悪い。しかしそれらも味となっているのが乱歩の凄いところだ。地の文に散らされた児戯めいた煽りも今となっては面白く、エログロが幼稚なことと相俟って、読みやすさに繋がっている。
 もちろん一見、欠陥だらけの小説群である。取るべきものは何もないように思え、事実、現代の作家が学ぶべき点は皆無だ。しかしこの安手さこそが、浅薄な好奇心という普遍的感情と容易に結びつき、子供っぽさは作品に健全性さえ与える。もって乱歩の作品は永続性を得、許しがたい数々の障害者差別を超越し、21世紀に生きる我々を楽しませる。

 『恐怖王』もそのような作品である。冒頭の死体の使用方法のみ、絵的には面白い。しかしミステリ的な仕掛けは最初から最後まで破綻しており、話の骨格やテーマも、乱歩のある傑作を劣化させたものに過ぎない。展開もあまりに常套的、犯人がイッてる度合いも弱い。つまり、見るべきものは呆れる位ない。しかしなぜか非難する気は起きない。それは、私が乱歩のファンであり、この手の物語を祖形とする《少年探偵団もの》がミステリの原初体験にあるからだ。私は生涯にわたり乱歩に呪縛されるはずで、まともな評価を下すことは永久に出来ないだろう。この状況は、哀しくもあり、嬉しくもある。