不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

ユートピア/L・チャイルド

ユートピア (文春文庫)

ユートピア (文春文庫)

 巨大テーマパークがテロリストに襲われるという、パニック・サスペンス。

 ……などと言うと、要するに《ダイ・ハード》の遊園地版だろと片付けられそうだ。で確かに、その指摘を否定し去ることはできない。また、主人公の娘(無論可愛く描かれる)がキューピッド的な役割を演じたり、別れた女(既に彼氏持ち)との再会、新たに胸ときめく人との邂逅、物故した創業者の理念とはかけ離れ、商業主義に侵されるテーマパーク像などなど、非常に類型的な要素が目白押しである。
 しかし、これだけでは終わらないのがこの小説の肝である。
 巨大テーマパークは高度にシステム化された一つのコミュニティであり、現代技術の粋を極めた場である。その特性をテロの攻防で活かしきれば、物語は圧倒的に理系がちなものに転化しよう。

 『ユートピア』には、ロボット工学を中心に、SFと思えるほどの専門的知識が投入されている。このおかげで、小説の密度は、アクションとはまったく別の方面で非常に高くなっており、それゆえに瀬名秀明が解説者に起用されているのだ。

 つまり『ユートピア』は、骨子を《ダイ・ハード》系のパニック・アクションに拠りつつ、作品の印象を決定付ける肉付けには、科学小説的な要素をふんだんに使用している。一気読みが可能である一方で、たいへん濃密な読書も可能という、一粒で二度美味しい作品である。700ページはいい意味で伊達ではなかった。そんな感じ。