不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

魔性の馬/J・テイ

魔性の馬 (クラシック・クライム・コレクション)

魔性の馬 (クラシック・クライム・コレクション)

 原題をそのまま片仮名読みさせるタイトル付けを批判した、その舌の根も乾かぬうちになんだが、意訳の限りを尽くし、ほとんど妄想・寝言のレベルにまで達した題名をつけるのもどうかと思う。どちらかと言えば、こっちの方が罪は思い。読者に誤解を与えるからである。『魔性の馬』なんて世迷言がよくもほざけたものだ。本気で感心しますよ。皮肉ですが。

 しかし内容はさすがに素晴らしい。
 『魔性の馬』はリーダビリティが高く、田舎の旧家サスペンス@英吉利が楽しめる。終わりが無理矢理気味のめでたしめでたしだが、それも含め、つまりこの長編は黄金期然としたテイストを売りにしているわけである。テイの筆はこの点乗っており、闊達に田舎の馬主一家(いい人ばかり!)の生活を描き出す。主人公も非常にいい奴であり、ただ一点、行方不明者の長男と偽って主人公が彼らの間に割り込んだ、というところから醸し出される、微妙な緊張感と齟齬が読みどころである。
 終始心地よく読めるので、昔のイギリス・ミステリが読みたい人にはお薦めである。ただ、昔のイギリス・ミステリは需給が緩いので、事実上ヲタしか手に取らないんだろうな。