不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

カンタベリー物語 召喚吏の話/チョーサー

召喚吏の話の序

召喚吏は初っ端からキレている。そりゃそうである。直前の、托鉢僧の話で散々おちょくられたから。嘘吐き托鉢僧の嘘の話を信じないように願うと巡礼団に呼び掛けた後、托鉢僧は地獄を知っていると豪語したが托鉢僧と悪魔は大してかけ離れていないから当然であると難じる。天使がある托鉢僧を連れて地獄を案内した際に、彼は天使に、托鉢僧が誰一人として地獄に来なくて済むようにしてほしいと願った。天使は彼をサタンのところに連れて行き、サタンの尻の穴から蜜蜂のように千の二十倍もの托鉢僧が飛び出してくるのを見せる。托鉢僧は辺りいっぱいにうようよ群がったが、やがて悪魔の尻の中に這うように戻って行った。召喚吏は、この尻は代々の托鉢僧が自然に受け継いだものと愚弄して、神よ救い給え的なことを言うが、この呪われた托鉢僧は別ですと言い放ち。前置きを終える。

ここに召喚吏が彼の話を始める。

舞台はヨークシャーのホルデルネッセである。その地の托鉢僧がいつもの調子で喜捨等を募っていた。説教を終えた彼はその場から離れ、今度は家から家を回って、食べ物を募る。喜捨をしてくれた人の名は全て、奉納帳に書きつけられていく。ところで托鉢僧には御付の召使がいた。托鉢僧が家の外に出た途端に、この召使は奉納帳に書かれた人の名前を消すのである。そして托鉢僧は嘘の作り話を人々にして奉仕した。

ここで巡礼団の托鉢僧が、それは間違いだ(それは嘘だ!ぐらいのニュアンス)と突っ込むが、宿の主人が止めに入り、召喚吏に続きを促す。召喚吏は話を続ける。

やがて托鉢僧は、以前この近辺では最も多額を喜捨してくれた家に着いた。家の主人は家の中で病で臥せっており、托鉢僧は彼に、更なる釈義(もちろん更なる喜捨も必要になる)を薦める。そうするうちに、部屋に主人の奥さんがやって来る。托鉢僧は彼女を盛大にハグし、ちゅうちゅうキスをして美貌を褒め称えた。奥さんは病人の夫が怒りっぽくなって困ると言い、托鉢僧は確かにそれは問題なので二言三言、注意すると誓う*1。奥さんは托鉢僧に食事をして行かないかと誘い、托鉢僧は、雄鶏の肝、柔らかいパン、あぶった豚の頭ぐらいしかいただかないが、自分のために獣を殺すのは止めてほしい、自分たちは栄養を聖書からもらって粗食に慣れているなどとぬけぬけと言う*2。そして、奥さんは、二週間ほど前に托鉢僧がこの町から出て行ってすぐ、自分たちの子供が亡くなったという。托鉢僧は、ちょうどその頃僧房で眠っていたら、お子さんが天国に上っていくのが見えた、これは僧房の他の僧侶も見た、とこれまたぬけぬけと言い、自分たちの祈りは世俗の者の祈りよりも効力があるなどと言い始め、敬虔を長々と自慢する。話は、病んだ主人トマスに、更なる喜捨を求めることに収斂していく。

病人は、喜捨を複数の托鉢僧に何度もして、一向に身体は良くならない、もう金はないと言う(たぶんちょっと怒っている)。托鉢僧は、自分たちが最高の僧侶なのになぜ他の托鉢僧に喜捨をするのかと責める。托鉢僧自身はトマスの金など欲しくはないが、キリストの教会のためにはやむを得ないと言い放つ。あんなに良い奥さんを怒るのは良くないと、上から目線で説教を始める。

怒りから遠ざかるように。托鉢僧は、怒りがもたらした悲劇を語り始める。その昔、セネカが語ったことには、怒りっぽい王の在位中に、裁判官がある騎士に仲間殺しの嫌疑をかけて死刑を宣告し、別の騎士に執行を命じる。だが殺されたとする騎士が帰って来たので、刑の執行を命じられた騎士は執行を中止した。そして騎士三人で裁判官の元に戻って来ると、裁判官は三人全員を死刑にした。死刑を宣告された騎士は死ななければならない。行方不明だった騎士はそもそもの原因だから死なねばならない。執行を命じられた騎士は、命令に従わなかったのだから死なねばならない。

もう一つ、托鉢僧は怒りっぽかったカンビセス王のエピソードを語る。酒を飲み、悪漢の振る舞いをしていた彼に、家来が、酒は心も体も壊すからほどほどにするよう諌言する。カンビセスは大酒を飲んだ上で家来の息子を自ら矢で射殺し、酒が手足や目の力を奪ったか?と煽る。托鉢僧は、かように王の悪徳を指摘するなと説く。……こいつひょっとして僧院は王だから文句を言うなと言ってる? そして彼は、トマスに怒りを懺悔せよと迫るのであった。

病人トマスは、懺悔なら午前中に司祭にしたと言って、托鉢僧への懺悔は拒否する。そこで托鉢僧は、だったら金をくれと言い募る。他の人がのうのうと暮らしている時に自分たち僧侶は紫貝や牡蠣でしのいでいるが、修道院はまだ礎石が用意できておらず、自分たちの住まいにはタイルもない。これらが14世紀において貧乏の証なのかはよくわからないが、ともかく托鉢僧は、自分たちの説教が良くないというならそれは世界が破滅に向かっているということだと嘯き、なおもトマスに金を要求する。トマスはさすがに内心めちゃくちゃ怒った。トマスは表面上、寄進を承諾する振りをして、これから渡すものに関しては僧院の修道僧に平等に分配するよう条件を付ける。そして寝ている自分の下に財産を隠してあると托鉢僧に信じ込ませて、尻の下に托鉢僧の手を置かせることに成功する。そこでトマスは托鉢僧の手に盛大な屁をぶちかます屁を握らされた托鉢僧は激怒してトマスの家を出て、領主*3の館に行き、侮辱を受けたことを報告する。長の妻も一緒に話を聞き、下衆(トマス)の頭がおかしくなったと言う。

長は夢うつつの中にいるかのようにじっと坐っていました。

まあこんな話を聞かされたらそりゃこうなるわな。そして長は、屁を含めて全ての音は空気の振動でしかない*4ので、それを平等に分けることなど不可能だ、トマスのような下衆は放っておいて食事をしようと提案する。

屁の十二等分についての、肉切り役である長の従者の言葉

ここで肉切り役の従者が登場し、屁を等分にする方法を話せると言う。長は許可し、従者は馬車の車輪を使うのだと説く。車輪は一般に十二本の輻(スポーク)を持っていて、修道院は一般に十三人でできているので、丁度いい。ここにいる托鉢僧は車輪の中心である轂に鼻を付け、他の十二人は輻の外周の端に鼻を付ける。そしてトーマスには、車輪の中心・轂で屁をさせれば、音も臭いも平等に届く。1.車輪の轂と輻が空洞で、2.その空洞が繋がっており、なおかつ3.轂に穴が開いていなければ、この方法は実現不能が、ともあれ、長も奥様も他の皆も、托鉢僧を除いて、従者の言葉に感心した。そして老トマスは馬鹿者ではなく、微妙深遠な何かがこの知恵を語らせたのだろう、ということになった。

召喚吏はここまで語り終え、もう町*5に着いていると言う。

総評等

話の中の托鉢僧は屁をつかまされはしたものの、前話の召喚吏が地獄に連行されたのと比べれば、大して酷い目には遭っていない。随所で尊大に振舞って嫌な奴なのは明確なものの、領主(長)は托鉢僧に対して同情的であり、十二等分の方法を従者が思いつくまでは、彼もその奥様も、被害者にして病人トマスを悪しざまに罵っている。そして最後まで、托鉢僧は追加で懲罰は受けないのである。最後にフォーカスが当たるのは従者の知恵と、それを実現した場合に想像される情景の滑稽味である。

召喚吏が語り手により非常に直截的に馬鹿にされていたのに比べて、托鉢僧への皮肉は、皮肉が効いていて、こちらの方が手が込んでいる。托鉢僧は自分が悪いことをしているとは思っていないし、語り手自身も一々托鉢僧をダイレクトにこき下ろさない。その尊大な勘違い行為をひたすら繰り広げさせて、間接的に托鉢僧を馬鹿にするという手段を取っている。お主やるな。

*1:ここは常識的だと思う、

*2:要求した食事は14世紀では間違いなく豪勢だ。話自体は総合的には食事を断っているように読める。お前らの出す粗末に決まっている料理なんか食えるかと言ってるのではないか。

*3:すぐに「長」と表記されるようになる。

*4:唐突に科学的に正しい文章が登場して戸惑いました。チョーサーのような立場の知識人・宮廷人なら、こういう知識はあったのですな。

*5:訳注によると、恐らくシッティングボーンだろうとのこと。カンタベリーへの道程は既に半分を過ぎている。