不壊の槍は折られましたが、何か?

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オトマール・スウィトナー/シュターツカペレ・ベルリン シューベルト:交響曲第9番ハ長調《グレイト》

 1984年9月20日〜24日、東ベルリンのイエス・キリスト教会で録音。なお1983年から86年にかけてこのコンビはシューベルト交響曲全曲と《ロザムンデ》の楽曲の一部を録音しており、《グレイト》録音もその一環ということになる。
 解釈は最初から最後までおおらかでまろやか。後ろ倒しのリズム感と、滑らかな楽句処理をベースに、堂々と構えて雄大ランドスケープを展開し、この交響曲を雄渾・壮麗にまとめ上げている。ただしテンポは意外と速めだ。性急な感じは全くしませんけれど。細部に拘ってオーケストラを締め上げることはせず、音楽の盛り上がりや盛り下がりはあくまで楽想に従って自然かつなだからに為されるため、急激な雰囲気変化がまるでないのも特徴である。よって、恐らく第一楽章主部の最初の10秒*1が気に入れば、演奏全体でも絶対に満足できるはずである。あとは全部そんな感じなんで。特筆すべきはオーケストラの鳴りである。とにかく美麗! ハーモニーも個別の音も何もかもが極上で、聴き手を酔わせてくれる。スウィトナーがここまでおおらかな音楽作りをしているのは、ことによると、このサウンドを堪能させるためではないか。そして、このサウンドありさえすれば、絶対に素晴らしいシューベルトになると確信しているからではないか。そんなことを考えさせられるほど、シュターツカペレ・ベルリンの音が素晴らしい。それに録音もいいんだ。教会ということで残響は強いけれど、それがまたいい味を出しているし、また残響に負けて音がブレンドされ過ぎていることはない。どの楽器もクリアに録れてます。
 他の曲も同傾向の演奏である。すなわち、リズムは後ろ倒し気味で、音楽の進行は滑らか・なだらかだ。細かい部分での仕掛けはほとんどなく、全体の流れを最重視しており、オーケストラはひたすら美しく壮麗に鳴り渡る。テンションの上昇や下降も、音楽の流れに沿って徐々に為されるため、「急に様子が変わる」場面はない。教会が録音場所ということで、残響がいい仕事をしているのも同じである。《未完成》《グレイト》と同じようなノリで初期6曲も演奏されるが、不足感や過剰感が全くないのが面白い。スウィトナーの解釈が確かということなのか、その芸風の汎用性が非常に高いのか、俺たちの曲へのイメージが間違っていたということなのか……。あと《未完成》は、特別なこと何もしていないのに、これだけの美音&美録音で鳴らされると、絶句するぐらい優美になってしまうんですよねえ。とにかく素晴らしい全集である。この中で私が一番気に入っているのは《ロザムンデ》の序曲。実は私これ大好きな曲なんですが、たぶんこのスウィトナー盤が一番しっくり来ます。

*1:序奏の最初の10秒を挙げないのは、序奏のテンポが主部に比較して速いタイプの演奏だからである。どんな演奏でもそうだが、この曲の場合、序奏のテンポ設定の意味は主部を聴くまではわからないので、序奏だけ聴いて判断を下すのは一番やっちゃいけないことである。