不壊の槍は折られましたが、何か?

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コリン・デイヴィス/シュターツカペレ・ドレスデン シューベルト:交響曲第9番ハ長調《グレイト》

 1996年7月2日〜4日、ドレスデンのルカ教会でセッション録音されたもの。1994年、1995年にも同じ場所でセッションが組まれて、シューベルト交響曲全集が完成している。
 序奏のホルン独奏からしていい音色、その後の木管も素晴らしく、弦の響きもこれ以上ないぐらい魅力的、金管にも独特のニュアンスがあって、打楽器はそれらにぴたりと寄り添う。主部になるや(テンポ自体はそれほどで速くないが)大いに運動性を感じさせるととも、美感は全く同一水準の素晴らしいものに保たれている。堂々たるスケール感、しっとりした歌、沈着でいながら盛り上がるべきところでは迫力満点に盛り上がり、熱気も感じさせる。細かいところもしっかり弾かれ、その一々が魅力的な音色で為される。素晴らしい。本当に素晴らしい。
 魅力の源泉は複数あるのだが、そのうち最大のものは間違いなくシュターツカペレ・ドレスデンの、無上に素晴らしいとしか言いようがない音色である。このオーケストラとウィーン・フィルは音色の点で他のオーケストラとは隔絶された評価を誇っている気がするわけですが、ウィーン・フィルが意外と鋭くて光り輝いているとすれば、ドレスデンはとにかく柔らかくてどのパートも悪目立ちせず一つの楽器のように鳴り渡る。その特性が余さず発揮されており、どの一瞬を切り取っても魅惑的なサウンドに仕上がっている。コリン・デイヴィスはこの音色自体は邪魔せず、細部のニュアンスはオーケストラに任せているような気もするが、全体を見事に掌握している。どっしり構えて下手にテンポを動かさず、軽さに傾くこともなく、細部をクローズアップしたいとの誘惑にも打ち勝って、見事なまでに正攻法の解釈で締めくくっている。歌い回しも特に変なことはしておらず真っ当極まりないが、それにオーケストラが積極的にニュアンスを付けていくので、とにかく魅力たっぷりである。もちろんオーケストラに主導権が取られているわけではなく、ちょっとだけもっさりした音楽の動きはまず間違いなくデイヴィスの指示によるものだ。リピート指定は忠実に守っていて、それで演奏時間が1時間強と大変なことになっているが、全くだれない。正直、どこから指揮者の解釈でどこから楽団員の積極性発露なのかわからない箇所もたくさんある。指揮者とオーケストラの理想的コラボレーションの一つと言えるだろう。そして最終的には、《グレイト》という名曲のほとんど奇跡的な素晴らしさが立ち現われてくる。けだし名演である。
 他の曲も同傾向。《未完成》はともかく、他の曲がこれだと重過ぎるんじゃないかと思われそうですが、そこは全く問題ありません。ドレスデンの温かく柔らかい音色による包容力を舐めてはいけません。あとテンポ設定はかなり常識的で、走るべき所は走ってくれます。よって天馬駆けるごとくの、ふわふわかつストレートな演奏が全ての曲において楽しめます。だいいち、コリン・デイヴィスモーツァルトも得意とした指揮者で、そこら辺に抜かりがあるはずはないわけです。実際、このオーケストラと組んだモーツァルト交響曲集(フィリップス。今はデッカですね)も素晴らしいんだよなあ。あ、《未完成》はとても優美で、悲しげに演奏されております。ドレスデンの性質を完璧に活かしているのは他の曲同様。というかホント、オーケストラが素晴らしい。
 この交響曲全集は、《グレイト》も含め、極めて優れた演奏だと思います。デジタル録音のクリアな音質で楽しめることもあって、交響曲全集全体としても超オススメの逸品。こういう演奏をしたデイヴィスも、もうこの世にいないんだよなあ。