不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

マーダーゲーム/千澤のり子

マーダーゲーム (講談社ノベルス)

マーダーゲーム (講談社ノベルス)

 自分の嫌いなモノを学校内で処刑してくれる犯人役は仲間のうちの誰なのか?――8人の小学6年生が始めた「マーダーゲーム」。“スケープゴート(嫌いなモノ)”を消してもらうことができ、さらには推理に心躍るゲームだったはずが、なぜかルール以上の処刑が開始される! 命の危機に晒され、親友さえも信用できなくなる恐怖の中、子供たちは惨劇を止めることができるのか?

 千澤のり子は、『ルームメイト』の宗形キメラの二階堂黎人じゃない方で、この『マーダーゲーム』により単独レビューとなる。
 本書最大の特色は2点。作品内ゲームの基本設計が《汝は人狼なりや?》であることと、事件関係者が小学生であることだ(視点も小学生)。人狼ゲームは「犯人」であるところの人狼が誰かを探り当てるゲームで、ミステリとしての性格を持っている。よってこれを小説に落とし込むのはなかなか面白い試みであるといえよう。ただし、一般的に言えばこれは従来、とても難しい試みであった。何故かというと、「事件が発生した後も、関係者がゲームの人工的なルールに則って動き続ける」理由を考案するのに困難が伴うからだ。通常はさっさと止めて、場合によっては警察に通報するだろう。クローズド・サークルを使えば、あるいは歌野晶午『密室殺人ゲーム王手飛車取り』のように関係者全員が最初から殺人を予定しているのであれば何とかなるが、この場合は物語が極度に実験的になる。それを良しとしない(あるいは毎回それというのは避ける)作家もいるだろう。
 千澤のり子は、この障害を「ゲーム参加者が小学生」と設定することで巧妙に乗り越えた。非常にざっくばらんに言うと、幼稚なのでよくわからないままor深く考えず続けてしまう、というわけである。中学生以上だとここら辺が危なくなってくるし、幼稚園児ならそもそもこんなゲームができるのかという問題が生じるので、いい設定だと思われる。さてこの設定下、作者は作品に様々なものを意欲的に盛り込む。犯人当ての他、推理合戦、とある仕掛け、ミスリード、ちょっとおかしな親子関係or家庭環境……。推理合戦の捨て推理がいまいちパッとしないこと、各家庭の事情への踏み込みが浅い点は、登場人物が小学生であることを考えれば納得できる範囲内である。これは本筋には無関係だが、IPアドレスから個人特定できるという現実性の点で疑問符が付く情報*1も、IPという概念自体をそもそも知らなかった小学生を脅しつけるには有効であろう。ただし、小学生のリーダー(IQは実に173)に、担任教師が「裏掲示板で児童を誹謗中傷している生徒を見つけてくれ」「仲間外れになっている転校生と一緒に遊ぶよう、みんなを持って行ってくれ」と何かにつけ頼りにするのは、正直言ってやらずもがな。しかし本筋の事件自体は、うまく整合性がとれて綺麗に終わる。なかなかいいんじゃないでしょうか。『ルームメイト』『マーダーゲーム』で全く雰囲気が違うので、この作家の今後にも興味津々である。

*1:私の理解するところでは、部外者がIPアドレスを見てわかるのはプロバイダのみであり、当該IPアドレスが誰のものかはプロバイダでないとわからない。プロバイダは個人情報保護の観点から、裁判所の命令でもない限り、そのIPを誰に割り振っていたかは教えてくれません。よってIPだけでは特定できないのが実情。さらにこれをミステリの仕掛けに使用したと仮定して細かいことを言うと、プロバイダから何とかして情報を入手しても「その端末」にしか辿り付けない。よって書き込みをしたのが誰なのかは実は不明確。