青銅の悲劇/笠井潔
- 作者: 笠井潔
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2008/07/25
- メディア: 単行本
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帯には矢吹駆シリーズとあるが、本書を読む限りの実態は、《天啓》シリーズの続編+ナディア・モガールである。ただしメタ要素は今回強くない。と言うよりも、昭和と笠井潔の人生を静かに総括する、といった趣が強く、実験的な手法はあまり活用の余地がないのである。
『容疑者Xの献身』を「初歩的で安直な推理」と切って捨てた作家=評論家だけに、『青銅の悲劇』で展開される推理は詳細を極める。また実際の犯行プロセスもかなり複雑である。重箱の隅を突付くような解析と、それによってしか浮かび上がらない諸相が読者の前で延々と繰り広げられるが、ここには確かに、本格ミステリ上級者(笠井に言わせれば、これでやっと水準ということになるのだろうが)によるマニアックな悦楽が息づいている。
とはいえ、読者の印象に最も残るのは、推理ではなく、宗像冬樹の述懐である。昭和の終焉に事寄せて、彼は全共闘の(つまり自分の)蹉跌とその後のやるせない生を語る。彼は非常に率直に内面を打ち明けており、哲学的・政治的な事項に踏み込んでも、背景に感慨や感傷があるのは明らかである。しかもこれらは、作者自身の本音である可能性が極めて高い(言うまでもないが、宗像のモデルは笠井潔その人に他ならない)。よって、笠井潔の「頭」ではなく「心」の肉声といった印象を読者としては強く(笠井の種々の評論よりも更に強く)受けるはずだ。
矢吹駆シリーズは従来、大上段に構えた主張が頻出してきたが、『青銅の悲劇』が若干様相を異にしていると思うのは私だけではないだろう。長過ぎるのは難だが、笠井ファンには必読の一冊である。