不壊の槍は折られましたが、何か?

ミステリ書評家のブログのはずだが……。

静かなる天使の叫び/R・J・エロリー

静かなる天使の叫び (上) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)

静かなる天使の叫び (上) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)

静かなる天使の叫び (下) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)

静かなる天使の叫び (下) (静かなる天使の叫び) (集英社文庫)

 WW II 前夜のアメリカ南部の田舎町オーガスタフォールズ。父親を亡くし、母親と二人暮らしの少年ジョゼフの周囲で、少女が次々と惨殺されて発見される。犯人がつかまらないまま時間だけが過ぎ──戦争の影がドイツ系の良き隣人一家を暗く覆い、思慮深かった彼の母親もまた何かに捕らわれ、精神のバランスを崩していった。そしてジョゼフは恩師のアレックスと親密な関係を築き上げていたが突然の不幸が彼を襲う──失意のままニューヨークに移ったジョゼフは作家志望の仲間にめぐり会う。しかし、そこでもまた、さらなる絶望的運命が待っていた! そして自分を苦しめてきた故郷での少女連続殺人事件が、今も続いていると知ったジョゼフは……。

 上記は各巻の粗筋の正確な引用ではなく、一部を改変しております。
 概要は、長きにわたる一つの事件を追うというものだが、それ以上に主人公ジョゼフ・カルヴィン・ヴォーンの半生記という趣が強い。その間に主人公の境遇は激変する。住んでいる所も変われば、旧友との友情も変転する。少年探偵団のようなものを結成して、犯人を捕まえるぞと勇躍夜の町に繰り出すのだが、途端に保安官に捕まって大目玉――というなかなか楽しい経緯を一緒に辿った友人がいるのに、久しぶりに会った大人になった彼らは主人公に非協力的だったりして、嗚呼無情という感じだ。粗筋にも紹介されている、母親が精神的にアレになってしまうという不幸にも見舞われるし、展開を割り過ぎるので具体的に書けないが更なる不幸がつるべ打ちでジョゼフを襲う。その前に多少彼を持ち上げるような事態が起きているので、精神的には余計に効いていることは想像に難くない。その結果、彼は精神的にすっかり凹んだ中年男性になってしまうのだが、ポイントは、本書全体がこの凹んでいるジョゼフが過去を振り返って書いたものであることだ。随所で悲劇や鬱の予感が強調され、話のトーンが非常に暗くなっている。「今よりは」幸せだった頃を思い出す小説でもあるので、何箇所かちょっと居たたまれない気分にさせられる。
 というわけで非常に重い話だし、話のテンポも快調に飛ばすようなものではないにもかかわらず、圧倒的なリーダビリティでとにかく読ませる。これはいい作品である。ただし最後はちょっと性急であった。あと伏線の補強が必要だったか。この2点だけが残念である。